夢はダイヤモンドを駆け巡る

第5話

 こうしてわたしたちが桜の木の下で、松本くんの〝スーパー・ヒーロー(注・小神談)〟たるゆえんを中心に、女子らしい噂話に花を咲かせているところへ。

「おや、星野さんではありませんか」

 この雰囲気とはまったく似つかわしくない男がやってきた。その口調だけで充分判別可能な男、小神忠作が。

 わたしの背中に、一瞬にして鳥肌が立った。

 この時間は食堂で一人黙々と昼食を食べているはずなのに……計算違いだ。

「……じゃあ、かおる。また五時間目に生物教室でね」

「……遅刻しないようにね」

 そそくさと、友情の欠片も感じさせずに去る二人。わたしを置いて行くなー!とも言えず、わたしはただ二人に手を振る。

「お友達との昼食中でしたか。それはそうと、」

 普通、友人との会話を邪魔したことに対してこのタイミングでお詫びすると思うんだが。小神はまったく悪びれたところがない。「それはそうと」じゃないでしょ。

「あれは松本くんですね」

 野球場の方へその白く骨々とした人差し指を小神は向けた。実にまぶしそうにグラウンドを見つめている。

「昼休みの初めから、ずっと松本くんはあそこで練習してましたよ」

 そんなこと、とっくの昔に知っている、という意味を強調してわたしは言った。小神は特にわたしの口調を咎める風でもなく、

「四月になってから松本くんと会話はしましたか」

と尋ねた。

「ううん。会話っていうほどのものは」

「では、教室内で松本くんを見ていて、何か感じましたか」

「別に、今のところは。ただ今こうやって休み時間にも練習しているところをみていると、好感は持つよ」

 好感、ですか、とわたしの言葉を小さな声で繰り返してから、小神は二、三度頷いてみせた。

「いい兆候です」

「へ?」

 小神が何を言いたいのか、普段に増して分かりづらく、首を傾げた。しかし小神はそれきり黙ってしまった。それも無表情で。何を考えているのか、さっぱり分からない。もうしばらく待っていれば小神が何か説明してくれるのでは、と期待しつつそのままの体勢で待っていた。

 けれども小神は何も語り始めなかった。まったくこの男は、言いたいことだけを言って、言ってほしいことは言ってくれないところがある。仕方なくわたしは弁当包みを片づけながら、グラウンドをそのまま見つめ続けていた。

 そのうち、松本くん始め野球部員たちがグラウンドの片づけをし始め、小神はちらっと腕時計を覗き見た。

「ところで星野さん、何をぼーっとしているのですか?」

「ふえ?」

 ぼーっと、とは失礼な。

「もうあと二分ほどでチャイムが鳴りますよ? 五時間目が生物教室なら、ここから遠いですし、急いだ方がいいのでは?」

「うげっ」

 そういうことはもうちょっと早めに言ってよ!

 悉く、小神は言ってほしいことは言わない男だ。
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