夢はダイヤモンドを駆け巡る
第三章 確かにスーパー・ヒーロー

第1話

 慌てて教室に戻り、生物のテキストと筆箱を引き出しから引っ張り出したところで、チャイムが鳴ってしまった。それから猛ダッシュでわたしは生物教室へと駆けだす。



 くそ、こんなことなら生物の用意をしてから昼ご飯を食べればよかった……。というか、こんなはめになったのは小神のせいだ、絶対に!



 などなど心の中でぶつくさ呟きながらわたしは廊下を走る。食べた直後に走るのは、とても、つらい。わき腹がじん、じん、じんと痛む。



 生物教室への階段を二段飛ばしに駆けあがり、教室のドアを開ける。



「かおるー、セーフだよ」



 友人がニヤニヤしながら、教壇を指さす。まだ先生は着いていないようだ。ほっと一息つく。



 二人が取っておいてくれた席に教科書を置くと、わたしは胸を押さえ、大きく息を吐いた。昼ご飯が逆流して口から飛び出そうである。



「小神先輩となにを話しこんでたの?」



「ほんと、仲いいよねえ」



と、二人はきゃっきゃしている。呑気なものだ。わたしがここへ来るまでにどれほど走ったことか、息遣いで察してくれ!



 椅子に座り、ふと斜め前の席に目をやると、そこには何事もなかったかのように悠然と座る松本くんの後ろ姿があった。



「な……何でわたしより早いの……」



 思わず、声に出して驚嘆するわたし。だって、わたしが中庭を出ようとしている時は、まだ松本くんは後片付けの最中だったはず。



 ということは、最初から直接生物教室に向かうつもりで準備していたのか。それにしたって、足の速いことだ。こんなことでさえ、尊敬してしまう。



「ねえ、かおるったら、聞いてる?」



「へ?」



「だからぁ。何を先輩と話してたの?」



 そう尋ねる友人の目は、明らかにふわふわした恋愛の話を期待する目だった。そんな話、期待されたって困る。小神との恋愛話なんて、一生有り得っこない。



 とはいえど、まさか二人で松本くんの話をしてた、とも言えない。斜め前の席に本人がいるわけだし。



「ちょっとした世間話だよ」



 わたしはなんともないのだ、という点を強調しつつ、自然さを意識して答える。



「なあんだ、つまんない」



……すごく露骨なリアクションをどうも。



 わたしの息が整ったところで、先生が「悪い悪い、電話が長引いてな――」と汗を拭きつつ入って来た、のだが。



 ちょうどそのタイミングでわたしの方を見やる視線があったことに、そのときのわたしは一切気が付いていなかった。
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