夢はダイヤモンドを駆け巡る

第2話

 理科というのはどうしてこうも覚えることが多いのだろう。まったく、参ってしまう。

 終礼のチャイムが鳴り、生徒たちが一斉にだらだらとした足取りで教室後方の向かっているそのさなか、一人だけ逆方向、すなわち教壇の方向へ向かう人影があることに、わたしは気が付いた。

 その一人、というのは、まさしく松本くんのことだ。プリントを手に、先生のところへ向かい、何か話し始める。質問だろうか?

「かおる、行くよ?」

 促されて、わたしはしぶしぶ教室を出る。考えてみれば他人の会話を盗み聞きするのも、あれだしね。

 五時間目が終わると、気分はじつにさっぱりしていた。今日は職員会議があるおかげで、六時間目を受けずにさっさと家に帰れるのだ。

 会議の関係で全ての部活が今日は活動なしとなり、放課後のグラウンドはひっそり静まりかえっている。

 かばんに必要最低限の荷物を入れ(ほとんどの教科書は「置き勉」するのだ)、わたしたちはどれほど生物と化学が強敵か、などについてうだうだと不平を垂れながら、校門を出る。

「そろそろあたし、塾通い始めるかも。もう二年生だもんね」

「本当に?」

 わたしは目を丸くした。塾なんて、三年生になってからでもいいのでは? と首を傾げる。

「そう思う? 実は私もそうしようかなって思ってたんだよね。どこの塾行く?」

 そう言われて、ますますわたしは目を丸くした。二人とも、ちゃんと勉強のこと、考えてるんだな……。

「とりあえず、駅前の塾に行くつもり。みんなあそこ通ってるし、安心じゃない?」

「だよね。わたしも駅前にしよっかな」

 塾ってそんな風に決めるものなのか。

 たとえみんなに人気の塾であっても、自分に合うとは限らなくない?

 確かに、身近な高校生に支持されているかどうかが入塾の判断基準の一つであることは認めるけど。

「かおるは、どうするつもり?」

「うーん。わたしは、まだ塾はいいかな」

 はっきり言って、わたしは三年生になるまで塾の本科性になるつもりはない。季節講習だけなら考えるけれど、毎週毎週通うとなると、気が重い。

「だよねえ」

 だよねえ、ってどういう意味だ……とわたしが思うなり、二人はくすくすと笑いだした。

 一体なにがおかしいのだろうとわたしが怪訝な目つきをすると、

「かおるは塾に行かなくても、小神先輩に教えてもらえるもんねえ」

とわざとらしく甘ったるい口調で語尾を伸ばす。

 その瞬間、全身に悪寒が走った。わたしは左右に全力で首を振る。

「絶対の絶対に、それだけは嫌!」

 考えただけでぞっとする!

 普通の会話でさえうっとうしいのに、さらに一時間、二時間と勉強を教えられるなんて!

「でも塾行かないにせよ、そろそろ勉強したら? 例えば置き勉やめるだとかさ」

「そうそう、かおるの机って、爆発寸前だよね。掃除当番の気持ちになったことってあるの? 机移動させる時、置き便クイーンの机ってホントいやになるんだから」

 いつの間にかわたしにはそんな称号が与えられていたらしい。

 かろうじて言い返すことができたのは、

「……わたし、か弱い乙女だから荷物いっぱい持って帰れないんですぅ」

 しかしこの返答がまたたく間に反論を喰らったのは、言うまでもないことだ。
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