夢はダイヤモンドを駆け巡る

第3話

 二人が駅前の塾を覗きに行くと言うので、普段よりも学校に近い地点でわたしたちは別れた。

 二人の後ろ姿が見えなくなってから、わたしはため息を漏らした。

「わたしも受験、少しは意識した方がいいことはいいよね……」

 家庭教師や塾に頼るのはもう少し後でいい。家計に負担、かかるしね。

 あと、小神に頼るのも却下だ。あの男と長時間一緒だなんて、まっぴら御免。

 となると、まずは、

「参考書、かな?」

 わたしはそう思い立ち、本屋へと進路を変える。結果的に家とは逆方向、駅の方角へと向かうことになった。大きな書店は、家の周囲にはない。

 いざ書店へ向かうと、参考書の種類に圧倒された。

 この近隣には、わたしが通っている高校のほかにも、公立私立含めいくつか進学校が集中して存在する。
だから毎朝駅は学生でごった返す、らしい。わたしは徒歩圏内に自宅があるからその苦しみは知らないけれど、遠方から通っている友人は不満でいっぱいのようだ。

 ならば、自宅に近い高校を選べばよかったじゃない――というのは、禁句だ。

 わたしなんかは非常に安易な性格だから、「徒歩で通える高校がいい! ついでに言えば学費の安い公立がいい!」とばかりに今通っている学校を志望校に選び、選んだ後で偏差値が高い高校であることに驚きつつ、それなりに勉強をして合格したクチだ。

 でも同級生の中にはかなりの割合で、「電車通学をしてでもここの高校に受かりたい!」と高い志を持って合格した生徒がいる。

 だから死んでも「自宅に近い高校を選べばよかったじゃない」とは言えないのだ。わたしとは志の高さがまるで違う。

 だから、なのかもしれない。

 入学してからの成績には、入学するまでの志がそのままそっくり反映されているのかもしれない。

 志をしっかりもって入学した子たちは、入学してからも怠けることがないように見える。

 一方のわたしはといえば、これといった目標なんてないまま入学し、無為にまる一年を過ごした。

 進路調査で志望校を書くことには書いたが、「絶対にこの大学に行きたい」というほどの意志の強さがあるわけでもない。「行けたらいいな、憧れだな」くらいのものでしかない。


……と、こんなこと考えたって、仕方ないか。

 志があろうともなかろうとも、前へ進まねばならないのが、現代日本社会なのだ。

 受験参考書のコーナーには『○○高校指定教材』といった普段の授業のサポートをするテキストから、『××大学過去問題集』まで、ありとあらゆる参考書がぎっしりだった。

 地域柄、こうなってしまうのだろう。

 左右を見れば、立ち読みする高校生がちらほらいる。わたしの高校の制服の者もいれば、他校の制服の者もいるこんな光景を見ると、やっぱりこの近辺は学園都市なのだなあとつくづく実感するものだ。

 わたしは書棚をざっと眺める。とにかく今早急に対策せねばならない科目は数学だ。文系の大敵・数学を攻略しなければならない。常に赤点ギリギリという低迷の仕方なのだから。

 そこでわたしははっとなる。

 一年生の復習のために数学ⅠAの参考書を買うべきか、それとも二年生の予習や授業のために数学ⅡBを買うべきなのか。

「どっちだ……」

 一人、頭を抱える。

 わたしは結構、選択を迫られたときにスパッと自分の思うままに決断をしてしまうタイプである。

 昼食のメニューなんかでも悩んだためしがない。

 自分が決めたことについて後から他人にあれやこれやとアドバイスや反対意見を出されても、そこで意見を曲げたことはほとんどないと言っても過言ではない。

 悪くいえば頑固なのである。

 だがしかし、立ち向かう相手が勉強のこととなると話がちょっと違う。

 これは強敵だ……こう言ってしまうと、わたしが勉強が苦手なのがモロバレしてしまうのだけれど。

 こういうとき――そう、まさしくこういうときこそ、小神なんかがいればきっと的確なアドバイスをくれるんだろうな、とついつい思ってしまう。憎たらしい男ではあるが、頭がいいことは確かで、助言の的確さは期待できそうだ。

 でも頼りたくないなあ、なんて頭のどこかでは思ってしまうんだけれど。

 そんな矛盾した二つの思いと、どちらのテキストを買うべきかでわたしが頭を抱えているときだった。

 ふと背後に、人の気配を感じた。

「星野?」
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