夢はダイヤモンドを駆け巡る

第4話

 我々三人がそうこう不毛なやり取りをしているうちに、委員会は始まった。

 司会者は前年度の副委員長で今年三年生の先輩だった。今年度の会計委員の委員長と副委員長を募ると言う。

 学年は問わないが、できれば三年生の中から委員長と副委員長の両方を選びたい、去年は僕は二年だったのに副委員長をやらされて先輩相手に実にやりにくかった、と冗談を交えながら、教室に笑いを誘う。

「それでは、本年度の委員長を務めてくれるという人は挙手してください」

 これは時間がかかりそうだな、とわたしは思った。

 三年生なんてみんなそれぞれ自分の受験勉強に専念したいだろうから。

 推薦を狙っている人がいるにしても、三年のこの時期から委員で力を出したところで間に合うものではないだろうに――そんな風に帰宅時間が大幅に遅くなるだろうことをわたしが半ば覚悟しかけたその時だった。

 わたしの視界の斜め前で、すっと天井に向かって白い腕が伸びた。

 あまりにも静かに行われたその動作に、その挙手が委員長に立候補することの意思表示だとは、すぐには判断できなかった。

 しかし、それは紛れもなく委員長になることの意思表明でしかなかった。そして、挙手しているのは誰かといえば、

「私が委員長をやります」

小神忠作、その人だった。

 周囲の会計委員たちもわたしと似たような反応だった。

 小神の挙手をそのやや虚ろになった目でぼーっと見つめ、しばらくそうしてからはっと、それが委員長の立候補だと気付く。

 どうしてこの人は男子なのに一人称が「私」なのだろう――そんな素朴な疑問が、委員たちの間に広まるか広まらないかの瀬戸際のタイミングで、司会の三年生はにっこりとほほ笑んだ。

「小神くん、ありがとう」

 彼は実にスマートな動きで黒板に小神の名前を書いた。

 きっとこの同級生は小神の性格を高校三年間の生活を通して知悉しているのだろう。

 小神が委員長に立候補することはあらかじめ小神から伝え聞いていたかのように、自然な反応でほほ笑んでみせたのである。

 こんなことは想定内の出来事だ、と言わんばかりの洗練された反応だ。

 しかし他の学年の者にはそれがわからない、そんな教室の空気であった。

「他に委員長を希望する人はいませんか?」

 もちろん、いなかった。誰だってこの場で委員長を希望しようとは思わないだろう。

 そのことも最初っからわかっていたように、司会者は話題を次へと進めた。

「それでは、委員長は三年一組の小神忠作くんに決定しましょう。次に、副委員長ですが、例年だと委員長のクラス以外の方に副委員長をお任せすることになっています。そのため、一組以外のクラスの三年生の中から、副委員長を選びたいのですが、誰か希望する人はいませんか?」

 この問いかけにすぐに応じる者がいなかったのは当然のことと言ってもいいだろう。

 変人として我が校で高名な小神と、誰が委員幹部コンビを組みたいなんて思うだろうか。

 何をしようにもああだのこうだの難癖をいちいちつけられるに決まっている。

 第一、小神はいかにも有能そうな人間だから最初から副委員長などつける必要はないのである。

 慣例や規則なんて無視して、臨機応変に委員を進めた方がよほど仕事の為なんじゃないだろうかとまで思えてくる。

「私の方から提案があるのですが」

 教室で長い長い沈黙の時間が今まさに始まろうとしたその時、委員長となった小神その人が口を開いた。ここで再び、委員たちはこう思ったはずだ。

――どうしてこの人は男子なのに、それもまだ高校生で、社会に出ているはずではないのに、一人称が「私」なのだろうか?

 そんな疑問を抱いてしまうのは実に自然で、致し方ないことだとわたしは思う。

 実際、初めて小神が「私」という言葉を使ったとき、わたしは実にいらいらしたものだ。

 でも後になって考えれば、それは個性の問題でしかない。

 誰がどんな一人称を使おうと、それは個人の自由でしかないのである。

 しかしそんな風に考えるには、我々高校生はまだほんの少し子どもだった。
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