夢はダイヤモンドを駆け巡る

第3話

 まさか、という疑念を抱きつつ、わたしは尋ねた。そんなことあるわけがない、と小神の発言を一笑に付してしまいたい気持ちと、そんなことあってはならないという恐怖が、胸の中で混じり合う。

「いえ、決してそういうわけではありません――たった一つの夢だけではないのです」

「……それってつまりは?」

 わたしはその返答に漠然とした安堵を覚えつつも、小神のいうことがうまく呑み込めず、首を傾げる。

「通常人は同じ夢を頻繁に見ません。
 同じ夢を繰り返し見た場合、それは何かしらの不吉な予兆として解釈されます。

 松本くんの場合、見る夢が数パターンに限られているという点で、彼が何かしらの問題を心に抱えているということが考えられます。数パターンとはいえど、夢のあらすじは星野さんが見た夢とほとんど変わりません――試験から逃れ、野球をする。たったこれだけの筋です。違うのは細部だけです。

 ここから分かるのはつまり、彼が実のところ野球に打ち込む人生を非常に強く望んでいる、ということではないかと私は思います」

「勉強は本当はしたくないってことですか?」

 それならわたしと松本くんは同類だ!というちょっとした親近感を覚えつつ尋ねると、

「さて、そこまではわかりませんが」

小神は首を傾げた。小神にもわからないことは存在するのだ。

 せっかく松本くんの人間らしい一面を垣間見ることができたと思ったんだけれど。

「私はほとんど毎日――そうですね、週に三日から五日は――彼の夢を覗き見続けました。それがちょうど去年の春のことです。つまりまだ私が二年生、あなたたちが一年生のころですね。ところが一学期のゴールデンウィーク明けから突如、それまでとは違うパターンの夢が出現しました」

「違う筋の夢、ですか?」

 ここで小神が言いたいのは、その夢が〝試験から逃れ、野球をする〟とは全く違った種類の夢を松本くんが見るようになったということに違いない。

 わたしはじっと、小神がその筋を説明するのを待つ。

 しかし折しも、高架上を急行電車が通過し始めたため、小神は口を噤んだ。

 時間にしてわずか数秒のことなのに、じれったく感じる。

 電車の通過する風圧でわたしたちの髪が揺れた。
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