残り香
出勤途中の事故だった。
飛び出した子供をかばって、自分はトラックに跳ねられて死んだ。
柴崎さんらしいといえばらしい。

お葬式で子供の両親がしきりに柴崎さんの両親に詫びていた。
一応、神妙な顔で立っているあの男の子が死ねばよかったのだ。
そう考える私は歪んでいるのだろうか。

いますぐに返してほししい、柴崎さんを。

私が柴崎さんの妻なら、せめて恋人ならば男の子を責める権利もあったのだろう。
けれど私はまだ、柴崎さんに告白すらしていないのだ。

柴崎さんが死んだというのに、不思議と涙は出ない。
感情も柴崎さんと一緒に死んでしまったかのようだった。


それから私は、人の分まで買って出て仕事に没頭した。
なにも考えたくなかったし、それに。

ごそっ、近くでした音に顔をあげる。

「まだやってたのか。
いい加減帰れよ」

黒縁眼鏡の奥で目を細めて笑う柴崎さんに涙が出てくる。
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