バンパイア・ トラブル
「笠原さんは、吸血鬼はご存じですよね?」
居酒屋の帰り道の公園で礼子が云った。
ここにも桜の樹が何本か植えてあり咲いている。
夜空には銀色の丸い月が浮かんでいて、照らされた桜は幻想的だ。
太陽が出ている昼間と違い気温も下がっているが、寒くはない。
街灯に照らされた公園は誰もおらず、おれと礼子だけだ。
「血を吸うあれだろ?」
おれは答えた。
「わたしがその血筋の者だと云っても、信じますか?」
礼子が続ける。
酔っ払ってるのか?
「わたしの父はバンパイアなんです。いえ、バンパイアとのハーフです。母は普通の人間で、わたしは更に血は薄くなっているはずなんですが」
「………は?」
おれは間の抜けた声を出した。
酒を呑んで二次元好きが度を増して世界が混同しているのか?
礼子は更に続ける。
「変に血が覚醒してしまったようで。自分で色々と調べたんですが、どうもわたしは相思相愛の人物以外とは、うまくいかないらしくて。相手の精気を吸いとってしまうようなんです」
どういう反応をしたら良いのか、おれは困った。
礼子は酔っているのかも顔に出ないし真面目に話しているようにも見える。
それか男を牽制するための冗談だろうか。
おれの考えがわかったのか礼子は軽くため息をついた。
「まあ信じられませんよね。わたしもそう思います」
礼子は小さな笑みを浮かべ、ため息をついて立ち止まりおれを見上げる。
「キスして下さい」
「え?」
おれは聞き返した。
「笠原さんは、わたしを好きじゃないでしょう?キスしたらわかります」
礼子の綺麗な瞳がおれを見上げている。
どことなく挑戦的だ。
そして紫色の左頬に手を伸ばし触れる。
今まで知らないフリをしていたのか。
「ビンタの跡のようですね。失恋後の、わたしは当て馬だとお見受けします。笠原さんはひどい男性なのですか?」
「………違うね」
おれは答えた。
礼子の瞳がおれを見る。
「違うとおっしゃいますか。ならば、わたしを好きということですね。でしたら遠慮しないで。遊びなら他をあたって下さい」
「わかった」
おれは頷くと礼子の上腕を掴んだ。
素早く顔を近づけ口づける。
途端におれの視界は暗くなり気づくと礼子のヒールが見えた。
礼子がおれを見下ろしている。
おれは倒れたようだ。
そんな馬鹿な。
マジでバンパイアだっていうのか。
とてつもない疲労感、脱力感に襲われ、おれは直ぐには立ち上がれなかった。
「わかりましたよね?わたしをあきらめて下さい」
礼子の声が降ってくる。
おれが見上げると、ふっと笑みを浮かべる。
キス前より妖艶で美しく見えた。
「笠原さんの精気、悪くないですよ。じゃあ、さようなら」
礼子は云うと踵を返しおれには目もくれず去って行く。
遠ざかる礼子の後ろ姿を眺める。
なんだろうな。
今までフラれたなかで一番屈辱的だ。
おれは千波礼子がどうしても欲しくなった。
「待ってろよ千波礼子。おれが落とせない女が、いるわけない」
おれは遠くに見える礼子に叫んだつもりだが聴こえたかは不明だ。
そのまま力なくおれは再び気を失ったように倒れた。