夢物語
 あの、余震で最終列車が運行を見合わせた雨の夜。


 田中さんが立ち去った後、降り出した雨の下、レンガ造りの建物に囲まれて語り合っているうちに。


 何事もないまま帰宅することなど、できなくなって。


 もう一人じゃいられないことを思い知らされて……。


 それが一線を越えた夜。


 その後幾度となく二人きりで会って、誰にも気付かれないよう関係を続けている。


 サークルのみんなに、知られるわけにはいかない。


 そして……西本くんの彼女にはなおさら。


 「こうして腕の中に冴香さんがいても、未だに夢じゃないかって思うんだ。目が覚めたらもういなくなっていそうで、いつも心配で」


 切なそうな声で、そんなことを口にする。


 ……いつもそう感じているのは、むしろ私のほうなのに。


 こんな瞬間が現実のものとは、まだ実感が湧かない……。
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