鬼畜な兄と従順な妹
 すると、幸子は大きな目をパチッと開き、

「前は平気でしてたじゃない!」

 と怒鳴った。こんな幸子は、今まで見た事がないと思う。

「状況が変わったんだよ」

「どう変わったの?」

「それは……」

 言える訳がない。前は幸子を虐めたい一心だったが、今は逆に愛おしくなり、幸子を傷付けたくない、なんて。

 どうやら幸子も俺を想ってくれてるようで、正直ものすごく嬉しい。しかし、それならば尚の事、俺は幸子に触れてはいけないと思う。俺だけでなく、幸子まで苦しみ、不幸になるからだ。

「お兄ちゃんのいじわる!」

 幸子は、叫ぶと同時に俺の頭を両手で挟み、顔を傾けて唇を俺の口に押し当てた。

 俺は、幸子との久しぶりなキスを味わい、それにのめり込みたい気持ちになったが、何とかそれを抑え込むと、幸子の手を掴んで顔を離した。

「お兄ちゃん……?」

「そうさ。俺はおまえの兄貴で、おまえは俺の妹。だから、もうこういう事はやめよう?」

 俺がそう言った途端、幸子の目から涙が溢れ出し、頬を伝わっていった。そして、俺を真っ直ぐ見ながら、幸子は言った。

「私……直哉君と付き合うから」

 と。

 そうなる予感めいたものはあったが、実際に幸子の口からそれを聞いた俺は、まるで死刑宣告を受けたような気持ちがした。しかし、

「そうか。良かったな」

 と、俺は幸子に笑顔で言った、つもりだが、本当に笑えていたかどうか……
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