ゼフィルス、結婚は嫌よ

ナプキンに2人の名を

「惑香さん…云った通りのことです。すいません。いままでしらばっくれていて」
「そうですか…じゃ、あなたはそのことを…あなたのお父様からお聞きになった分けね?」
「そうです。そして父はあなたの破婚の事実をあなたのお母さまから聞いたのです。電話で」
「わたしの母から?!」
「はい。その時はあなたのお母さまがとても残念がっていたと、父がそう申していました」
想像もしなかった意外な話に惑香は息を飲む思いである。義男はどこの誰とも知れぬ赤の他人ではなかったのだ。惑香の名前など端の始めから当然知っていたのだろうし、おそらくその生い立ちすらも同様だったろう。惑香は昔を思い出すように義男が告げた彼の父を偲んで「一郎おじさん…」と思わず口に上せた。
「そうです。時任一郎。ぼくの父です」
「そうするとあなたのお名前は…」
「はい、時任(ときとう)義男です。字はこう書きます」と答えてからナプキンスタンドから一枚を取り出しその上に自分の名前を書いて見せ、それを惑香に手渡す。なぜかナプキンの右端に書いてあるその名を読み上げる惑香。
「ときとうよしお…さん」
「はい、そうです」
「時に任せながらも義を果たす男…かしら?」などと、なぜか無意識のうちに姓名判断的なことを惑香が口にする。それへ「うーむ、なるほど…ですね。確かに云い当て妙ですが、しかしもしそれならば義男の字が違ってくるかも知れません。それに姓も」
「は?字が違ってくる…?」
「ええ、そう。しかしそれを云う前に惑香さん、あなたのお名前をぜひ書いてみてくれませんか。そのぼくの名の横に」
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