過去の精算

暫くすると、インターホンが鳴った。

あっ良かった。
往診来てくれたんだ。

急いで玄関へ向かいドアを開けると、そこに立っていたのは前谷君だった。

えっ?
なんで…?
「どうして若先生が?」

「丁度暇だったし、手が空いてたのは、俺だけだったんでね? それよりどこだ?」

「え? なにが?」

「患者だ! バカ!」

あっそうだった!
「こっちです!
食事の支度の為に、少し目を離してしまって…
駆けつけた時には、そこにある三段ボックスが倒れてました。
でも、ベットからは落ちてないと思います。
ただ、右手が少し赤くなってるみたいで、ぶつけたのかも…」

「赤くはなってるが、骨には異常ない様だ」

「良かった…」

「だが…」

だが?
えっなに?
他に悪いところ有るの?

「だが、男と会うと言っていた君の相手が、女だったとはね?
それも、随分お年を召した女性だ。
君にそんな趣味があったなんて、驚いて笑いが止まらない」
前谷君は遠慮する事なく、大笑いしていた。

「勝手に笑ってれば良いわ!」

怒る私をよそに、彼は更に笑い声を上げた。

「あれ?若先生がどうして?」

その時、早く終わったと幸子さんが帰って来たのだ。

「幸子さん……ごめんなさい。
食事を温めている間に、おばあちゃんが…」

事と次第を幸子さんに話すと、何時もの事だと幸子さんは話した。

「相手をしてくれる人が居なくなると、機嫌が悪くなって、棚を倒したりするんです。
きっと、木村さんの姿が見えなくなって、寂しかったんだと思います」

そっか…
なにも応えてくれなくても、耳は聞こえてるんだもんね?
私の話を、ちゃんと聞いてくれてたんだね?




< 28 / 184 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop