この溺愛にはワケがある!?
それからすぐに支度をし、美織はいつもの時間に家を出て、いつもの時間に職場に着いた。
すると普段はそんなに早く来ない亮二が来ている。
彼は何かチラシを読みながら給湯室でコーヒーを淹れていた。

「おはよう、細川くん」

「あ、おはようございまーす。美織さん、これ見ました??」

「ん?何?」

亮二が持っていたのは商工会報。
商工会議所が発行する業界紙だ。

「回覧の中に入ってたんですけど、ほら、黒田造船の社長交代の件、載ってますよ」

はい、と渡され目を通した。
そこにはキラキラ屏風の前でスピーチするイケメンと濃紺の振袖を着た地味目の女が写っている。

「うわぁ………」

美織は顔を歪めた。

「おめでとうございます……でいいんすかね?」

「………うん。いいと思います……でもねぇ……こう目立つのもどうかと……」

「ははは、そうっすね。だけど、びっくりしましたよー!この間ゴキブリみたいに嫌ってたじゃないすか?」

「はい、そうです……」

そういえば亮二にもかなり迷惑をかけた。
そしてめちゃくちゃ悪口を言っている!
それを思い出すと美織は急に恥ずかしくなった。
金に転んだのかと思われてもおかしくない、そんな状況だ。

「いやぁ、わからないすね。人生こんなことがあるんすね!」

「え?ええ」

「嫌いだったのが好きになったり、結婚したり、離婚したり。オレたちいつも淡々と処理してるけど、本当はいろんなことが山のように起きてて、そこには、ドラマや漫画みたいなことがいくつも生まれてるんすよね?」

「………うん、うん??」

「紙切れ一枚、他人のことだからって処理してましたけど、これからはそんな背景を思い浮かべながら楽しく出来そうっす」

「…………細川くん、それ、私に何か関係ある?」

美織は思わず聞いた。
金に転んだ女の話じゃなくて、自分の仕事への意気込みの話になっているのは何故か。
ポカンとした美織に亮二は言った。

「ありますよ。オレの知らないところで、美織さんにいろんなドラマがあったかと思うと……感動するじゃないですか!?現代のシンデレラストーリーですよ!?身近にこんなことがあるなんて、オレ嬉しくて……」

亮二は少しウルッとしている。
素直で、優しくて、真面目。
良く考えたら、そんな亮二に限って美織が金に転んだなんて思うはずがない。
申し訳ない、と美織は心の中で頭を下げた。

「シンデレラ……ではないけど、ありがとう。そういってもらえて私も嬉しい」

「幸せになって下さい!」

目の前でニコニコ笑う亮二はとても眩しい。

「あ、もしかしてそれ言うために早く来たりした??」

亮二はへへっとはにかんだ。
市役所住民課、前田課長率いる窓口の面々は、揃いも揃って100%優しさで出来ているらしい。
そうこうしているうちに、寧々が来て、前田課長が来て、芳子が来て、みんなで仲良くモーニングコーヒーを飲んだ。
そして、チャイムが鳴る。
今日も慌ただしい一日が始まった。
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