この溺愛にはワケがある!?
お弁当を粗方食べ終わり、お茶を啜っていた時、昼当番だった芳子が休憩室に駆け込んできた。
芳子は珍しく息をきらしながら美織を見て言った。

「加藤さん!なんだか、高そうなスーツの女があなたを訪ねてきてるんだけど」

(高そうな?スーツの女??)

「え!?わ、私ですか??」

「ええ、どうする?いないって言おうか?なんかちょっと嫌な予感がするのよねぇ」

感が良く冷静な芳子が言うのだったらそうなのかもしれない。
だがもしかしたら、午前中美織が応対した人で、届け出に不備か質問でもあって来たのかもしれない。

「………いえ、良くわからないけど、一応会います。何か用かもしれないし……」

食べかけのお弁当に蓋をして、美織は軽く口を拭く。
そして心配そうに見る寧々に笑いかけると、芳子と共に休憩室を出た。

その女は、待合のソファーの中央にどっかりと足を組んで座っていた。
黒のスーツに薄いピンクのスカーフ、上品な洋服であるのにその女が着ると何故かお水関係の職業の方に見える。
とても美人だが明らかに不機嫌そうで、顔は鬼のように歪んでいた。
せっかくの美人も台無しだな、と美織は呑気に考えていた。

「あの、お待たせしました。加藤ですが、何か?」

美織はその女の顔を見たことがあるかと思い出そうとしたが、全く見覚えはない。
仕事で自分が応対した人の中にはいないようだ。

「加藤……美織……」

そう呟くと、女は立ちあがりキッと美織を睨み付けた。
何で睨まれてるんだろう?何かしたかな?と、未だ呑気に考えていた美織に思いがけない事態が起こる。
大きく右手を振りかぶった女は、力一杯、平手で美織の頬を殴ったのだ。

「この泥棒猫!!」

「……っつ!!」

不意討ちを予想してなかった美織は、受け身がとれずによろめき膝をつく。
そしてメガネはあらぬ方へ飛んでいった。

(え………何?何が起こったの?いや、それよりも……それよりも!!)

平手打ちはショックだった。
だが、もっとショックだったのは『この泥棒猫!!』という昭和臭漂う、昼ドラ定番のセリフの当事者にされたことだ。
未だにこの言葉を使う人がいたんだと、頬を押さえたまま美織は肩を震わせた。
もちろんそれは女の行動が恐ろしかったのではなく、女の言動が恐ろしかったのだ!
そんな美織を見て、昼ドラ女はフフンと笑った。

(きっと恐ろしくて震えてるとでも思ってるんでしょうね……違うから!言動が寒いだけだから!)

美織のそんな気持ちを知らない女は、勝ち誇ったように上から見下ろし、恐喝紛いの言葉を吐いた。

「あんたみたいな地味な女に取られたなんてね!覚えてなよ、ただじゃ済まさないから!」

と言うとクルリと向きを変え、ヒールの音をカツカツ響かせて去って行く。
そして正面玄関に停めた大きな黒塗りの車の中に消えた。
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