この溺愛にはワケがある!?

加藤さん、事件です!

「君!大丈夫!?」

すぐ側を通った男が助け起こしてくれ、美織はフラフラと立ち上がった。

「あ、すみません」

男はメガネを拾うと心配そうに覗き込む。
極端に視力の落ちた美織は、男の姿を見ようと目を凝らした。
だが、長いグレーのコートとロマンスグレーの髪がぼんやりと見えただけで顔はわからない。

「加藤さん!大丈夫?……うわ、腫れてるわ、早く冷やして……あ、ありがとうございます!後はこちらで……」

男は窓口から走ってきた芳子にメガネを渡し、ニコリと微笑むとゆっくり玄関に向かって歩いていった。
一旦窓口を亮二に頼み、芳子は素早く美織を支える。
待合にいる人や他の職員、いろんな人がジロジロ見るなか、美織は芳子に支えられて給湯室へと向かった。

「恐ろしい人ね……人前であんなに思い切り叩くなんて……」

芳子がタオルを冷やしてくれ美織はそれを頬に当てた。

「そうですね、恐ろしい昼ドラでしたね……」

「ええ………って!そうじゃなくて!………なんだ、案外元気ね。良かったわ」

「まぁ、あれくらい……私図太いんで。それにしても……何でしょうね?取られたって言ってましたけど」

芳子は信じられないという顔で美織を見た。

「ちょっと!気付かないの?多分あれよ、黒田さんの元カノよ」

美織は首を傾げる。
何故隆政の元カノが平手打ちをしに来るのか。
二人が別れたことに美織には何の関係もないはず………。

「どうしてなのか……わかりません」

「嘘でしょ?あるじゃない!あの女、たぶん加藤さんのせいで振られたと思ってるわよ!黒田さんが加藤さんに乗り替えたって!その辺のこと詳しく聞いてない?ちゃんと円満に別れたかどうか!?」

「特に何も。私もそう気にする方じゃなかったし……あっ!」

そういえば!!
と、美織は焼き鳥屋で梨沙が言ってたことを思い出した。
『史上最悪の元カノ』の話を。
あの時は突っ込んでその話を聞かなかった。
まさかちゃんと付き合うことになるなんてその時は考えてなかったし、聞いても困ると思ったから。

「……聞いたことがあります。前の彼女が史上最悪だって。隆政さんの同級生にですけど……」

「そう。それ、早めに黒田さんに連絡した方がいいわよ。ええとね、確か名前は……大谷静……だったわ。ふん、静って、名前負けもいいとこね」

と、芳子は目をつり上げた。
いつも辛辣な人が更に辛辣になるのも大概怖い。
きっともう一度来たら大谷静は跡形もなく消されるんじゃないか、そう思わせるくらいの怖さだ。

「すぐに連絡入れてみます」

「それがいいわ。あ、それと湿布を持って来なきゃね。救急箱見てくるから、休憩室に行っておいて!」
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