この溺愛にはワケがある!?

黒田隆政の熱情

落ち着いてから謝罪をしたのでは間に合わない。
そんなに悠長に構えている暇はどうやらなさそうだ。
成政の出張はあと2週間程の予定だが、いつ前倒しされて帰ってくるかわからない。
それまでに彼女に会って謝罪して、そして……。
そして?
……どうすればいいのだろう。
恋愛の順序など全く知らない。
そんなものは相手がいくらでも提示してきて、自分はそれにイエスかノーで答えるだけだったのだ。
隆政は頭を抱えた。
今度は自分が提示する側に回る。
しかも、明らかにマイナスからの状態での駆け引きだ。
自信など微塵もない。
だがこれはやらないわけにはいかないのだ。
そう隆政の中の何かが告げていた。


次の日、午前中から続いた会議の後、隆政は美織の職場へ向かった。
見合いの時に渡された簡単な釣書には、勤務先「市役所住民課」と書かれていた。
その情報を頼りに本館の一階へと足を運んだ。
月曜日ということもあって、住民課は午後だというのに人が多い。
窓口には4人受付がいてその中に美織がいた。
彼女はとてもいい笑顔で応対している。
それは人に安心感を与える笑顔だった。

(爺さんが言っていたな……あの穏やかな人を……と。本当にその通りだ。そんな人を怒らせるなんて……)

そしてグッと拳を握り込み、一番窓口へと歩を進めた。

窓口から前の人が去るのを見て、隆政は美織の前の椅子に座った。

(冷静に対処しなければ、今度こそ彼女を怒らさないように)

美織は手元の何かを操作しようとしたところだったが、ふと顔を上げた。
前触れもなく座った者に驚いたのか、掛けていたメガネが思いきりずれている。

「こんにちは。少し構わないか?」

明るく。笑顔で。爽やかに。
小学校の校訓のような言葉を繰り返し頭の中で唱えながら言った。
美織はゴキブリを見たような顔をした。
少なからずショックではあったが、それは自分のせいだ。
と、気持ちを切り替える。

「………番号札はお持ちですか?」

ずれたメガネを直しながら美織が言った。

(番号札??)

隆政は市役所の住民課に来たことはなかった。
戸籍を取りに来ることも、住民票を取りに来ることも、当然ながら婚姻届を出しに来ることもなかった。
その為、そのシステムが全くわからなかったのだ。

「そこの機械で発券して、ここの窓口で用件を伺います」

「用件というか………話があるんたが」

「番号札をお取り下さい」

………一蹴された。
隆政が思うよりもずっと美織は腹を立てている。
そう思い、素直にその言葉に従うことにした。
番号札を取り待つ間に3つほど案件を片付ける。
合間合間で美織を盗み見ては、楽しそうに応対し笑いかける彼女に釘付けになった。
そして笑いかけられた相手に激しく嫉妬した。
そうこうするうちに番号が掲示板に表示された。
だが……。
案内された窓口は1番窓口ではなかった。
3番窓口の年若い男が、不思議そうな顔で隆政を見ている。
これは彼女の策略か?
そう思って1番窓口を見るが、美織は少しも隆政を見ておらず、3番窓口の男だけが訝しげに見つめていた。
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