この溺愛にはワケがある!?

唐揚げの味

「えっと……ごめん、前のお弁当とそんなに変わらなくて……」

居間の隆政に漸く声を掛けることが出来た美織は、まだ少し顔を赤くしたままとりあえず謝っていた。

「そんなこと気にする必要ないのに!どれも美味しそうだ!……食べてもいい?」

「あ、うん!どうぞ!召し上がれっ」

加藤家の台所。
テーブルの真向かいに、七重じゃない人が座っている。
その違和感を、以前の美織ならきっと良くは思わなかった。
思い出の場所に誰であろうと座ってほしくない、そう考えたはずだから。
隆政は真新しい来客用の箸を持ち、好物の唐揚げから頬張った。
揚げたての熱さに一瞬身悶えしたが、すぐに顔を綻ばせ美織を見る。
そんな仕草や表情を美織は微笑ましく思っていた。

七重がいなくなって、一人で食事をするようになった。
それを悲しいとか辛いとか思ったことなどない。
むしろ、まだ七重がいるような気がして楽しかったくらいだ。
同じような毎日を繰り返し生きることで、美織は忘れるということを拒否していたのかもしれない。

(おばあちゃんは、知っていたのかな。そうやって私が籠ってしまうのを……行政さんに手紙を書いたのは、そうならないように、なの?安穏な日常から慌ただしい非日常へ連れ出してもらえるように……)

七重の真意はわからないし、行政への手紙にもそんなことは一切書かれてはいない。
だが、隆政が言っていた『七重が会わせてくれた』という言葉はきっと間違いではないと思っていた。
七重は死んでからも美織の心配をし、愛してくれていたのだ。
それは紛れもない事実。

(ありがとう。もう大丈夫。これからどうなるかは全然わからないけど、一歩踏み出すことは出来る気がする。不思議だけどね、隆政さんがポンコツにはもう見えないのよ)

美織は自然と笑みを溢していた。
隆政が、何笑ってるんだ?と変な顔をしたが、美織にだってその理由はわからない。
ただ巻き込まれたこの非日常が愛しいと思っただけだ。

「それにしてもこの唐揚げはやっぱり旨い。前も言ったけど、うちの母親や婆さんの味と似てるんだよなぁ」

「そういえばそんなこと言ってたよね?案外どこにでもある味なのかもよ?」

「それはない。こんな独特でどこか懐かしく感じる味なんて他で食ったことない」

「元カノさんとかに作ってもらったことは?」

別に嫉妬とか意地悪で言った訳ではなかったが、隆政は激しく反応した。
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