この溺愛にはワケがある!?

美織と前田課長

その日の昼以降、住民課に全く用もない職員が入れ代わり立ち代わりやって来た。
おおかた食堂で噂を聞いた職員だろう。
遠巻きに見られたり、こそこそと何か言われたり。
それだけならまだいい。
中には『えーっ!!あれが?!あんな地味な女がぁ!?』と容赦ない罵声(ほとんど女)が飛んできて美織の精神はゴリゴリ削られた。
しかしその度に前田課長が出ていき、失礼な職員を一喝してくれ、美織は胸のすく思いがしていた。
前田課長は、普段はおっとりとして怒らない感じの人だ。
そういう人が怒ると、本当に恐い。
美織は怒られたことはなかった。
だが、入庁当時、教育係を兼ねていた前田課長から『キレさせてはいけないオーラ』が出ていたのは感じていた。
住民課前で業務に関係のない話をしていた女の子達は、鬼のように怒られて泣きそうになっていた。
いや、実際何人かは泣いていたが……。


ダルい体を引きずって、やっとのことで業務を終えると、美織はそそくさと職場を後にする。
早く帰らないと、また興味本位の輩に捕まってしまう。
そう思い、裏口のドアを開けようとして早速声が掛けられた。

「加藤さん、待って」

聞き覚えのある声だ。
それが興味本位の輩ではない、と気付くと美織は振り返った。

「はい、何か??」

「うん。ごめんね、帰るとこだったのに」

前田課長は丈の長いダウンジャケットを着込み、美織と共に裏口を出た。

「いえ、あの、今日はすみませんでした。私のせいで業務に支障が……」

「ははっ、それは別に。だって加藤さんが悪いんじゃないしね」

「はい……そうですけど……」

あっけらかんと言う前田課長は、さっき鬼のように怒っていた片鱗は何処にもない。
どう見ても呑気なお父さんにしか見えなかった。

「俺はね、加藤さんがここに入って来たときから知ってるから。おばあさんと二人でずっと頑張ってきたこととか……半年前おばあさんが亡くなってしまったことも」

「はい」

二人は歩きながら庁舎裏出口に向かった。

「加藤さんが内に引きこもりがちになってしまうのをずっと心配してたんだ。福島さんや細川くんや木ノ下さんもね、俺と同じだったと思うよ」

「あはは、私、引きこもってました?」

「自分で気付かなかった??ここ半年くらい役所と家の往復だったよね」

「あー……そうかも」

七重が亡くなってから、暫くはそんな生活だったかも知れない。
何もする気が起きなかったし、することもなかったから。

「それがね、ある日とんでもないイケメンが加藤さんの前に座ってから……うん、あれからだね。生き生きしてる感じがして……」

「え!!課長、あれ、見てたんですか??」

「当たり前です。それが俺の仕事ですよ」

と、前田課長は威張って言う。
初めて隆政と会った翌日。
彼が美織を訪ねて来た時のことも、本当は知っていたのか。

「……すみません。あれこそ業務に必要ないですよね」

「そういうことじゃなく」

前田課長は立ち止まって美織を見た。

「加藤さんに王子様が来たって思ったんだ」

「お!?王子ぃ??」

美織は一瞬敬語を忘れた。
前田課長の視力を疑ったが、確か両目とも良かったはず。
何で隆政が王子に見えるのか!?
確かにイケメンではあるが、王子のように爽やかというのとは違う。
どちらかというと、目で射殺す悪魔のようだ。
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