流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 しばらくして、王女がつぶやいた。

「疫病は治ったのですが胸に発疹の跡が残ってしまったのです」

 ジュリエはあえて応えずに背中を撫で続けた。

「殿方にこのようなものを見られるのであれば、わたくしは一生一人でおります」

「心配いりませんわ、王女様」

「慰めなどいりません」

 いいえ、とジュリエは王女の頭を胸に抱き寄せた。

「身も心もゆだねたくなる殿方がきっと現れます。その方は王女様のすべてを愛してくださいます。心配はいりませんわ」

「嘘ばっかり」

 王女の目から涙がこぼれ出す。

「いったい、そんな方がどこにいらっしゃるというのですか」

「いつどこで出会いがあるかは分かりません。でも、その時が来れば、ちゃんと分かるものですよ」

「そんな方はどこにもいませんわ。今までもいませんでしたもの」

 ジュリエは王女の髪に指を絡ませながらささやいた。

「いらっしゃったでしょう。すぐおそばに」

 王女の体がこわばる。

「王女様はシュライファー殿を好いていらっしゃるじゃありませんか」

「ま、まさか」

「口にしてはならない恋。身分違いの恋。とても切ないものですわね」

「わたくしはそのような……」

 涙を流すエミリアを抱く腕に力を込めながらジュリエが耳元でささやいた。

「何もかも捨ててお二人で遠いところへ逃げてはいかがですか」

「そのようなことができるのですか」

 ジュリエがエミリアの涙をぬぐいながらうなずいた。

「駆け落ちっていうんですよ」

「シュライファーはわたくしとそのようなことはいたしませんわ」

「どうして?」

「あの男に、そんな度胸はありませんもの」

 ジュリエが笑う。

「王女様は男を見る目がおありですのね。大丈夫ですわ。ご自身のお気持ちを信じてくださいませ」

「大丈夫でしょうか」

 ジュリエがそっとうなずくと、エミリアは静かに目を閉じてすぐに寝息を立て始めた。

 夜が更けていく。

 夜の貴婦人は母親代わりに背中を撫でてやりながら中庭から聞こえてくるナイチンゲールの鳴き声に耳を傾けていた。

< 11 / 151 >

この作品をシェア

pagetop