流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 お互いにそれが不可能なことは分かっている。

 道も知らない。

 道中また襲われたら一人で身を守ることもできない。

 あの時の青痣はまだ消えてはいない。

 やはり自分には何もできないのか。

 ただ悲しくて泣くことしかできなかった。

「まあ、どうしたというのですか」

 二人の泣き声を聞きつけて寝ていたジュリエも起きてきた。

「エリッヒに……エリッヒに会いたいのです。ナポレモに帰りたい」

 まるで叱られた幼女のように泣いている二人を見て、ジュリエは両手で包み込むように抱いてやった。

 マーシャの方が先に涙を拭いて立ち上がる。

 生姜湯を持ってくるようにジュリエが頼むと、しっかり一礼して部屋を出ていった。

 エミリアはジュリエの豊満な胸の谷間に顔を埋めてすがりつきながら泣いていた。

「おつらいでしょうね、姫様」

 やさしく髪を撫でながらささやきかける。

「でもね、それは容易なことではありませんことよ。思いつきだけで実行できることではありませんわ」

「わかっています。でも、会いたいんです。今すぐに」

「姫様が今勝手にフラウムを出てしまったら、エリッヒも立場上困ったことになってしまいますよ」

「では、わたくしはいったいどうしたらいいのですか」

 ジュリエが聞かせるともなくつぶやく。

「恋する気持ちには羽が生えているのですわ。だから勝手に飛んでいってしまう。気持ちと体はいつも切り離されて、いつだって置いていかれた者が寂しくなる。追いかけるほど逃げていく。それは決してつかまえることのできない気持ち」

「そんな……」

「それでいいのですよ。今姫様の心の中にあるそのお気持ちこそ、エリッヒに対する本当の気持ちなのですから」

「でも、わたくしはどうしたらいいのですか」

 ジュリエは静かに目を閉じ、微笑みを浮かべてしばらくエミリアの頭を撫でていた。

 マーシャが生姜湯をお盆にのせて戻ってきた。

 気配を感じてジュリエが目を開けた。

「マーシャさん」

「はい、なんでしょうか」

「姫様は明日の朝ナポレモへ出立するそうです。お支度をなさってくださいな」

「え、そんな急に……。護衛の者は」

「お一人で旅立つそうですから」

「そんな無茶な」

 ジュリエがマーシャを叱りつけた。

「あなたは姫様付きの女官でしょう。逆らうというのですか」

「いいえ、そのようなことは。申し訳ございません」

「ならば、すぐに言われたことをするのです。下がりなさい」

「はい、かしこまりました」

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