流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 マーシャの背中を見送りながらジュリエはエミリアにささやきかけた。

「さあ、姫様。明日はお早いですからね。寝台でお眠りなさいな」

 泣きはらした目をこすりながら促されるままに横になるとエミリアはすぐに寝息を立て始めた。

 ジュリエは彼女のあどけない寝顔を見つめながらナポレモの城で初めて会ったときのことを思い出していた。

 あのときは恋を自覚したことのない娘だった。

 有能な執事への依存心を恋と勘違いしているような無垢な娘。

 それが今では恋のさびしさも切なさも、つかむことのできないもどかしさも、すべてを知った娘になった。

 なのに、かんじんの喜びだけは知らないままだ。

 エリッヒ坊やには、すべてを受け入れる心の余裕はありませんもの。

 姫様、恋をする相手をお間違えでしたね。

 安らかな寝顔にかかった前髪を整えてやって、ジュリエはエミリアの額に口づけをした。

 翌朝、冬の遅い朝日が顔を出す前に、近衛騎兵一個中隊が施薬院を包囲した。

 朝市の準備に出ていた人々が様子を見に集まってくるのを、帝国紋章旗を掲げ長槍をつきたてた完全武装の兵士達が追い払う。

 タンテラスがエミリアの寝室に入ってきた。

 王女はまだ寝間着姿であった。

「まあ、いったいどうなさったのですか」

「エミリア様、逃亡罪であなたを逮捕します」

 突然のことで隊長の言葉を理解することができなかった。

「外出禁止中である身でありながらフラウムからの逃亡を図ったと昨夜密告がありました。よって、あなたを逮捕します。すぐに着替えてください」

 タンテラスの背中から現れたマーシャが床に膝をついて許しを請う。

「姫様、申し訳ございません。でもどうしても姫様を危険な目に遭わせるわけにはいきませんでしたのでキューリフ様にお知らせいたしました」

 信頼していた女官の懺悔に王女はため息をついた。

 マーシャがエミリアにすがりつく。

「覚悟はできております。どのようなお叱りも罰もお受けいたします」

 エミリアはマーシャを抱き起こして背中をなでた。

「良いのです。あなたは悪くはありません」

 すべて自分のわがままが招いたことだ。

 タンテラスがくるりと背を向けた。

「外におります。すぐに着替えてください」

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