流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 頭を下げて退出しようとするシュライファーを王女は呼び止めた。

「ねえ、シュライファー」

「はい、なんでしょうか」

「シュライファーは私のことを愛してはいないの?」

「敬愛しておりますとも」

「そうじゃなくて、私を女として見てくれないのかってことよ」

「執事の『分』というものをわきまえておりますので」

 エミリアは執事の胸に飛び込んだ。

 当惑するシュライファーにしがみつきながら口づけをした。

 冷静な男に初めての唇を無理矢理押しつけてやったのだ。

「いけません、お嬢様」

「もう遅いわよ。わたくしの初めてを奪ったのはシュライファーよ」

「いいえ、お嬢様。こちらです」

 え、何よ、それ。

 一歩下がったシュライファーは熊のぬいぐるみを掲げて見せた。

「お嬢様は相変わらずお子様でございますよ。ぬいぐるみに口づけをなさって、恋に恋をなさっていらっしゃる」

「ちょっと、手品のつもり?」

 執事は熊のぬいぐるみを王女に持たせながら微笑みを返した。

 エミリアはぬいぐるみを挟みながらシュライファーとの間合いを詰めた。

「あなた、わたくしと駆け落ちする気はある?」

 執事は真っ直ぐに王女の潤んだ瞳を見つめながら応えた。

「わたくしが我が身を捧げると誓ったものが三つございます。一つは神、もう一つは王家」

「三つ目は?」

「それはもちろん……」

 シュライファーはいったん言葉を切ってから視線をそらした。

「学問でございます。お嬢様」

 その瞬間、執事の頬に平手打ちが飛んだ。

「下がりなさい」

「では、失礼いたします」

 扉を開けて退出していく執事に向かって、王女はチェスの駒を投げつけた。

 閉まる扉に当たってナイトが床に転がった。

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