流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ 後日譚 ◇
戦後、バルラバン帝国からカーザール帝国へ使者がつかわされてきた。
特使は塩漬けの首を献上し、皇帝よりの口上を伝えた。
「貴国保護下にあるマウリスなる者は我がバルラバン帝国へ不法に侵入を試みた不届き者なるがゆえに当方において捕縛し、法に則り処罰した。我がバルラバン帝国としては、これを証拠として貴国による不法行為について断固抗議するものである」
これに対し、皇帝バイスラント三世の返答は簡潔なものであった。
「我がカーザール帝国は当該人物の身元については確認したが、貴国の抗議については、我が帝国の一切関与しない事柄につき、返答いたしかねる。そう伝えよ」
外交という名の茶番はたったこれだけのやりとりで収められた。
そして皇帝バイスラント三世は使者に一つの提案をおこなった。
「我が帝国は貴国との争いを望んではおらぬ。よって我が皇子を友好使節として派遣したいと考えておるが、いかがかな」
特使はこれを受け入れた。
「これは非常にありがたきお言葉。我が偉大なる皇帝陛下もお喜びになることでございましょう」
こうしてエリッヒは東方の都へと旅立っていったのである。
その手にはセイウチの牙で作られたナイトの駒が握られていた。
そしてその後、カーザール帝国ではバイスラント三世が退位し、エリッヒの兄である第一皇子が皇位を継承した。
生まれたばかりの男児が新皇太子となり、エリッヒは皇籍を離脱した。
フラウム宮殿の地下墓所には一つ新しい墓が作られていた。
フランセルと刻まれた小さな墓の隣に新しく置かれた墓石には名前がなく、代わりに紋章が刻まれている。
その形がチェスのビショップに似ていることから、『僧正の墓所』と呼ばれているが埋葬されている人物については不明である。