流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 扉の前で王女はシュライファーを呼び止めた。

「服は乱れてないかしら」

「お美しゅうございますよ」

「嘘ばっかり」

「では、お嬢様。お出ましくださいませ」

「シュライファー、あなたは?」

「わたくしは裏方でございますゆえ、別の通路から大広間へ参ります」

 シュライファーが扉を開けると、眼下の大広間には大勢の招待客が集い、貴族の御曹司達が階段下で待ち構えていた。

 高らかに角笛が吹き鳴らされ、祝宴の始まりを告げた。

 注目を浴びて一瞬足がすくんだ。

 背後で執事がささやく。

「エミリアお嬢様」

「なんです」

「本当にお美しゅうございますよ」

 エミリアは柔和な笑顔を執事に向けた。頭を下げてシュライファーが送り出す。

「行ってらっしゃいませ」

 王女は金で縁取られた手すりをなでながら階段を一歩ずつ下りていった。

 下ではみなが拍手で出迎えている。

 エミリアは微笑を浮かべながら軽く右手をあげて答えた。

 階段下で待ち構えていた行政長官のマウリス伯が居並ぶ御曹司達を紹介していく。

「こちらはハインレヒト公爵家御子息ギュスタフ殿でございます」

「そう、よろしく」

「お目にかかれて光栄でございます、姫様」

 エミリアの差し出した手の指先に軽く触れて頭を下げるギュスタフは確か身上書きによれば十歳の子供だ。

 十八の自分と釣り合うはずがない。

 にっこりと笑う口元は前歯がみな抜けている。

 エミリアもかつて自分の乳歯が生え変わったときに、兄たちにからかわれたことを思い出した。

『やい、エミリア、歯抜けのエミリア』

『お兄さま、ひどいですわ』

『僕らは生え替わったけど、エミリアはずっとそのままだぞ』

 兄たちに脅されて本気にしてしまったエミリアが泣いていると、母がそっと抱きしめてくれたものだ。

『きっと素敵な歯が生えてきますよ。真珠のような輝く歯になるようにお祈りしましょうね』

 幸いきれいな永久歯が生えてきて、今は歯並びも良い。

 病で伏せっていたときも歯だけは大事にしてきたつもりであった。

 亡き母に感謝しながらそんな昔のことを思い出していると、マウリス伯が怪訝な顔で次の貴族を紹介した。

「王女様、よろしゅうございますか。こちらはシャクタル男爵家御子息ダンケル殿でございます」

「そう、よろしく」

「お目にかかれて光栄でございます、姫様」

 今度は三十間近の年上男だった。

 御子息という歳でもないだろうに。

 この男も前歯が何本か抜けている。

 でもこちらは虫歯で抜けたものだ。

 ため息しか出ない。

 エミリアはすでに興味を失っていた。

 王家安泰の政略結婚である以上、相手はこの中の誰でも良いのだ。

 最終的にはマウリス長官の推薦した者を父王が承認することになるのだろう。

 エミリア自身の気持ちなど最初から意味はないのだ。

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