流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

   ◇ 祝宴 ◇

 アマトラニ王国の繁栄は西のカーザール帝国との友好関係がもたらしていた。

 東のバルラバン帝国とは緊張状態が続いていたが、交易は行われており、大国の間で均衡を保ちながら百年以上平和を維持してきたのであった。

 今日の祝賀会にはカーザール帝国の使節団が派遣されていた。

 そういった人たちをもてなすのも祝宴の主役としての役割だ。

 支度を調えたエミリアは自室で待機していた。

 王女は病で伏せっていた三年間の空白を呪っていた。

 まわりだけが大人になってしまって、自分が取り残された。

 愛する母も敬愛する兄たちもいなくなり、残されたのは形見のサファイアの指輪だけだった。

 自分も大人にならなければならないのだ。

 今日の祝宴がその第一歩なのだ。

 王女という役割を演じる。

 求められる役割を演じる。

 大人になるための第一歩だ。

 自分は過去のすべて、感情のすべてを捨ててシュライファーの望む通りに王女を演じきるのだ。

 それがあの男の喜びならば、私はそれを受け入れよう。

 王女はサファイアの指輪を見つめながら誓いを立てていた。

 夕方になってシュライファーが王女を呼びに来た。

 昼間のことなど無かったかのように、いつもの冷静なまなざしであった。

 エミリアもすました顔を取り繕って出迎えた。

「祝宴の準備が整いました」

「そうですか」

「大広間へお越しください」

「分かりました。あ、シュライファー」

「はい」

「あなた、これを直せますか」

 王女はチェス盤の上にある脚の欠けたホワイトナイトを指さした。

「さきほど、落として欠いてしまったのです」

 シュライファーは表情を変えずにナイトと脚の破片をハンカチにくるんだ。

「今はお時間がございませんので、いったんお預かりして、後ほど」

「ええ、頼みましたわよ」

 王女は執事に促されるままに部屋を出た。

 階段を下りずに廊下を歩く。

 廊下の突き当たりにある扉の向こうには、大広間へ下る『お目見えの階段』がつながっている。


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