流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 興奮冷めやらぬ大広間に楽隊の音楽が始まり、料理人達がパンを切り分けた籠とワインの壺を急いで置いてまわる。

 人々は次々に料理に手を出し、粗野な笑い声を上げながら口に運んでいく。

 いったん宴が始まると、吟遊詩人の歌い上げる賛歌など聴いている者はいなかった。

 父王も髭を濡らしながらワインを浴びるように飲み始めた。

 二人の王子と愛する王妃を亡くして以来、父王は酒におぼれる毎日を過ごすようになった。

 最近では政治もマウリス行政長官に任せきりになっているらしい。

 こぼれたワインで濡れた手までなめる父王の様子を眺めていると、エミリアは気が滅入るばかりであった。

「お嬢様、いかがなさいました。お取りいたしましょう」

 かたわらでシュライファーがクジャクのあぶり焼きを取り分ける。

 たっぷりと香辛料をまぶし、砕いたクルミとピスタチオを一緒にローストした料理は料理長自慢の一品なのであろう。

 しかし、居並ぶ御曹司達の注目を浴びながらの食事は気が進まない。

 音楽が止まり、賑やかだった場内が一瞬静かになる。

 正面の扉が開き、白塗りの道化師が現れた。

 貴族の御曹司の背中から手を回し、スカーフを抜き取る。

 あれはさっき紹介されたギュスタフだったかしら。

 エミリアが名前を思い出していると、道化師はスカーフをヒラヒラさせながら御曹司を挑発する。

 十歳の子供は憤慨しながら道化師を追い回す。

 あと一歩というところまで追い詰めたその瞬間、白い仮面をつけ、黒装束で身を包んだ集団が現れ、逆にギュスタフ少年を取り囲んだ。

 何事かとみながどよめく中、ブイブイと雁のような鳴き声を上げ始める。

 仮面の下に管楽器のリードをくわえているらしい。

 集団の中央に少年が高々と持ち上げられ、道化師が手招きしながら大広間を連れ回す。

 その様子を見た客達はみな指をさして笑い、ギュスタフは下ろせと叫ぶ。

 黒装束集団は道化師の指揮に合わせて少年を一人の少女の前に下ろした。

 少女は御曹司達の付き添いで臨席していた貴族の姫である。

 道化師は先ほどのスカーフを恭しく少年に返し、そっと耳打ちをした。

 ギュスタフはうなずくと、ひざまずきながら少女にスカーフを差し出した。

 少女ははにかみながらそれを受け取ると、手を差し伸べる。

 それを合図に楽隊が音楽を奏でると、二人は手を取り合いながら大広間の中央に歩み出して舞踏を始めた。

 人々は手拍子で盛り上げながら二人に声援を送った。

 エミリアはかたわらに控えたシュライファーにささやいた。

「あの二人、なかなか舞踏がお上手じゃない」

「お嬢様ほどではありませんが」

 執事の嫌味を受け流しているうちに、道化師と黒装束集団が今度は近くの少女を取り囲んでいた。

 リードを吹き鳴らしながら、そのまま押し出すようにして別の御曹司と対面させる。

 御曹司は自らスカーフを差し出し、受け取った少女と共にまた大広間へと歩んでいく。

 次はどの若者かとみなが注目する中、道化師はナヴェル伯父の前に立った。

 当惑する伯父を取り囲んだ黒装束集団が居並ぶ貴族の姫達の前を引き回す。

 老人の困惑する表情に客人達の笑い声が高まる。

 道化師がその中でも一番幼い少女の前にナヴェル伯父を導いた。

 老人は少女の前に跪き、優しく手を差し伸べた。

 少女はにこやかにナヴェル伯父の誘いを受けた。

 騎士道精神あふれる礼儀作法に、さきほどまで嘲笑ぎみだった会場の雰囲気が一変し、賞賛の拍手に包まれる。

 老人は孫娘のような少女を導きながら見事な足取りで大広間を優雅に舞う。

 若者達からも声援が送られる。

 次々とカップルを成立させていく道化師達に、次は自分をと招待客達がテーブルを叩いて興奮が高まっていく。

 振動で果物が転げ落ち、それを見てまたみなが笑う。

 父王も体を揺すりながら朗らかに笑い、またワインをこぼす。

 濡れた手をなめながら背後に控えたマウリス伯を呼んだ。

「なかなか良い余興ではないか。あの道化師達に褒美を取らせるが良い」

「かしこまりました」

 宴の盛り上がりとは反対に、自分が主役であるにもかかわらず、エミリアはひどく場違いな場所にいるような心地がしていた。

 このような馬鹿騒ぎに加わる気にもならず、まして、結婚相手など見つけられるはずもなかった。

 シュライファーが給仕長に指示を出している隙に、王女はテーブルを離れた。

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