流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

   ◇ 出会い ◇

 外の空気を吸おうと大広間からテラスに出る。

 中庭には色とりどりのバラの花が咲いている。

 母上様自ら手入れをして愛していた思い出のバラ園だ。

 城館を照らす夕暮れの斜光がまぶしい。

 中庭に面したテラスの端まで来ると、何かの物音に気づいて王女は手すりから少しだけ身を乗り出した。

 石段に隠れるように馬の手入れをしている若者がいた。

 さっきまでの退屈な貴公子達とは違って、自分と釣り合う年頃の男性のようだ。

 軍服に身を包んでいるが、所属を示す紋章もなく、王家の家来ではないようだった。

 どこかの貴族の付き人であろうか。

 長旅のせいなのか服装はややくたびれているものの、背は高く、肩幅があり、真っ直ぐな背筋が鍛え抜かれた軍人の肉体を象徴していた。

 馬にねぎらいの言葉をかけながらブラシをかける若者の横顔は端正で、日に焼けた肌も滑らかで張りがある。

 エミリアはすっかり見とれていた。

 不意に青年がこちらを向いた。エミリアはとっさに中庭のバラ園を眺めているふりをした。

「俺になんかご用ですか」

 呼びかけを無視していると、若者がエミリアのところへ歩み寄ってきた。

「なんかご用ですかとおたずね申し上げたんですがね」

 青年の横顔に見とれていたのを知られていた。

 鼓動が高鳴り、頬が熱くなる。

 だが夕暮れの斜光で、紅潮していることは相手からは分からないはずだ。

 動揺をおさえながら若者を見おろして素っ気ないふりで返事をした。

「わたくしはただ中庭を眺めていただけですわ」

 栗色の髪をかき上げながら青年がふっと鼻で笑う。

「ずっとこっちを眺めていたでしょう」

「う、馬が……、馬が珍しかったのです」

「やっぱり見ていたんじゃないか」

 まっすぐに見つめられて、思わず目をそらしてしまった。

 だめだ、相手の顔を見ることができない。

 逃げ出してしまいたい気持ちになる。

 目を伏せたエミリアを下から見上げていた若者は、テラスに手をついてひょいと跳び上がると、さらに手すりを乗り越えて王女の隣に立った。

「な、何をなさっているのです」

「いや、そんなに美しいのなら、一緒に眺めてみたいと思いまして」

「美しい?」

 エミリアが首をかしげると、男が笑みを浮かべた。

「ええ、中庭が」

 ああ、とエミリアは目をそらしてバラ園を指した。

「そ、そうですわ。見事なものでしょう」

 若者は黙ったまままぶしい夕日に目を細めながらバラ園を眺めている。

 王女はその横顔にまた惹かれていた。


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