流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
しばらく進んだところで、エミリアはめまいを感じるようになった。
馬酔いだ。
なんとか我慢しようと遠くを眺めたりしていたが、馬の揺れが収まるわけでもなく、症状はどんどん悪化していくばかりだった。
いつのまにか気を失いかけていた。
「おい、大丈夫か」
無言のエミリアに気づいたのか、エリッヒが馬を止めて声をかけた。
エミリアは返事ができずに、背中の方へ倒れてしまった。
「おい、馬鹿」
間一髪エリッヒが俊敏に回り込んで抱き留めた。
頭から落ちていたら死んでいたかもしれない。
「しっかりしろ」
エミリアを両手で抱いたままエリッヒはしゃがんで声をかけた。
青ざめた顔で目を閉じたまま、女は返事をしない。
唇が乾いて震えている。
女の重さに腕がしびれてきて、横向きに姿勢を変えながら抱き直したとき、エミリアが吐いた。
空腹だったのか黄色い胃液しか出なかったが、エリッヒの服に向かって三度吐いた。
吐いて楽になったのか、ようやく女が目を開けた。
「あの、わたくし……」
エリッヒが自分の首に巻いたスカーフをはずして口元を拭いてやると、女はようやく状況に気づいたらしく、謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ありません。汚してしまって」
「戦場では血まみれになることもある。これくらいどうってことはない」
青かった顔に血の気が差してきた。
「あなたはとてもお優しいのですね」
まぶたをふるわせながら見つめる女の視線に気恥ずかしさを覚えたエリッヒは目をそらした。
馬にぶら下がった袋に手を伸ばして水筒を取り出すと、女の口に押しつけた。
「ありがとうございます」
水を二口飲んで大きく肩で息をしながら女がエリッヒに笑顔を向けた。
「おかげさまで、だいぶ落ち着いてきました」
「そうかい。それじゃ……」
エリッヒは女を抱きかかえたまま立ち上がると、荷車へ歩み寄って、干し草の上にエミリアを投げ込んだ。
「何をするのです」
「すまんがのんびりしている暇はない。日暮れまでに宿場に着かなければならないのでな。干し草の上で寝てろ。そこにだったらいくらでも吐いてかまわん」
「まあ、さきほどの言葉は撤回しますわ。あなたはひどい人ですわ」
エリッヒは干し草の中に紛れていた熊のぬいぐるみをつかんでエミリアに放ってよこした。
「それでも抱いてろ。あんたにお似合いだ」
ぬいぐるみに顔を埋めて、女は返事をしなかった。
エリッヒは道端の草を引き抜いて服に付いた吐瀉物をぬぐって捨てると、馬にまたがって荷馬車を進めた。
女は荷車の上で青空を眺めていた。
五月の陽気に包まれながら白く薄い雲が流れていくのを眺めているうちにいつのまにか女は眠ってしまっていた。
馬酔いだ。
なんとか我慢しようと遠くを眺めたりしていたが、馬の揺れが収まるわけでもなく、症状はどんどん悪化していくばかりだった。
いつのまにか気を失いかけていた。
「おい、大丈夫か」
無言のエミリアに気づいたのか、エリッヒが馬を止めて声をかけた。
エミリアは返事ができずに、背中の方へ倒れてしまった。
「おい、馬鹿」
間一髪エリッヒが俊敏に回り込んで抱き留めた。
頭から落ちていたら死んでいたかもしれない。
「しっかりしろ」
エミリアを両手で抱いたままエリッヒはしゃがんで声をかけた。
青ざめた顔で目を閉じたまま、女は返事をしない。
唇が乾いて震えている。
女の重さに腕がしびれてきて、横向きに姿勢を変えながら抱き直したとき、エミリアが吐いた。
空腹だったのか黄色い胃液しか出なかったが、エリッヒの服に向かって三度吐いた。
吐いて楽になったのか、ようやく女が目を開けた。
「あの、わたくし……」
エリッヒが自分の首に巻いたスカーフをはずして口元を拭いてやると、女はようやく状況に気づいたらしく、謝罪の言葉を述べた。
「申し訳ありません。汚してしまって」
「戦場では血まみれになることもある。これくらいどうってことはない」
青かった顔に血の気が差してきた。
「あなたはとてもお優しいのですね」
まぶたをふるわせながら見つめる女の視線に気恥ずかしさを覚えたエリッヒは目をそらした。
馬にぶら下がった袋に手を伸ばして水筒を取り出すと、女の口に押しつけた。
「ありがとうございます」
水を二口飲んで大きく肩で息をしながら女がエリッヒに笑顔を向けた。
「おかげさまで、だいぶ落ち着いてきました」
「そうかい。それじゃ……」
エリッヒは女を抱きかかえたまま立ち上がると、荷車へ歩み寄って、干し草の上にエミリアを投げ込んだ。
「何をするのです」
「すまんがのんびりしている暇はない。日暮れまでに宿場に着かなければならないのでな。干し草の上で寝てろ。そこにだったらいくらでも吐いてかまわん」
「まあ、さきほどの言葉は撤回しますわ。あなたはひどい人ですわ」
エリッヒは干し草の中に紛れていた熊のぬいぐるみをつかんでエミリアに放ってよこした。
「それでも抱いてろ。あんたにお似合いだ」
ぬいぐるみに顔を埋めて、女は返事をしなかった。
エリッヒは道端の草を引き抜いて服に付いた吐瀉物をぬぐって捨てると、馬にまたがって荷馬車を進めた。
女は荷車の上で青空を眺めていた。
五月の陽気に包まれながら白く薄い雲が流れていくのを眺めているうちにいつのまにか女は眠ってしまっていた。