流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語

   ◇ 宿場町の騒動 ◇

「おい、起きろ」

 エリッヒに起こされて目を開けると、そこは見知らぬ宿場町だった。

 すでに日も暮れていた。

 起き上がって背伸びをすると、吹き抜けていく風に体が震え出す。

「あんたも気楽な女だな。あんなに寝ていられるとはな」

「外で眠ったのは初めてですわ」

「早く降りろ。今夜の宿だ」

 エリッヒが荷車から馬をはずして水をやる。

 宿といっても、一階が厩で二階が居室になった農家の納屋のような建物だ。

 崩れかかった木造の屋根からは草が生えているところもあった。

 中に入ると真っ暗で、雨漏りでもするのかカビくさかった。

 ランプに火をともして階段を上がっていく。

 他には誰もいないようだ。

「ここに泊まるのですか」

「そうだが」

「知らぬ者の館に泊まるのは初めてです」

「そんなことをいちいち言われても困るな。なんでも初めてだろう。旅に出るのも家来がいないのもなんでもそうだ。そのうち慣れるさ。屋根があるだけでもありがたいと思ってくれ」

「もう少し立派な館はないのですか」

 エリッヒが鼻で笑う。

「あんたは人質なんだぜ。宿屋に泊まれるだけましだろう。なんなら野宿の方が良かったか?」

「野宿とはどのような宿ですか」

「宿屋じゃねえよ。野原に泊まるんだよ。外!」

 ぞんざいな言葉を投げかけるエリッヒにエミリアも苛立ちを隠さずに応じた。

「まあ、そのようなこと、できるわけがありませんわ。わたくしはアマトラニ王家の者ですよ」

「ここではそんな肩書きはなんの役にも立たないさ」

 エリッヒは二階からさらに梯子を上がっていった。

 そこは屋根裏部屋だった。

 床に落ちていたランプにエリッヒが灯を移した。

 二つもランプがいらないほど狭い。

 すきま風も吹き込んできて、部屋全体がひんやりとしている。

「ここは物置ですか?」

「ここに寝るんだよ」

「なんですって。こんなせまいところでどうやって。寝台も置けませんことよ」

「そんなもんあるわけないだろ。寝るだけなら、床の上で十分だ」

「寝具はどこに」

「ねえよ」

「すぐに用意しなさい」

「うるせえぞ」

 エリッヒがエミリアの両肩をつかんでにらみつけた。

「ここはお城じゃないんだ。おまえはもう国も城もなくなったただの女なんだぞ。王女様じゃない。『元』王女だ。現実を受け入れろ。これ以上文句を言うなら外に放り出すぞ。犬にでも食われてしまえ」

 エリッヒの剣幕にエミリアは引き下がった。

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