流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 一人取り残されたエミリアは窓から外を眺めた。

 ぼんやりとした月明かりだけであまりよくは見えないが、ここは街道沿いに家が並んでいるだけの小さな村のようだった。

 向かい側の家のすぐ裏は森らしく、真っ黒な影が立ちふさがっている。

 ナポレモの街とは比べようもない田舎だった。

 遠くへ来てしまったのだという実感がわいてきた。

 ナポレモはどっちの方向だろう。

 今からでも帰れるだろうか。

 エリッヒのいない間に逃げてしまえばよいのではないか。

 しかし、エミリアにはそれはできなかった。

 暗闇の中を歩くわけにはいかないし、歩き続ける体力もないだろう。

 エリッヒにはそれが分かっているのだ。

 だから一人だけ部屋に残していっても平気だと思っているのだろう。

 自分には何もできない。

 世の中を知らない。

 そんな弱さを噛みしめるしかなかった。

 すると、誰かが梯子を上がってくる音がした。

 エリッヒが戻って来るには少し早いような気がした。

 上がってきて顔を見せたのは髭面の男だった。

 ランプの炎に照らされた顔は鼻がひどくねじ曲がっている。

「な、なんですか」

「ほう、これは別嬪さんじゃねえか。あんたがお姫様かい」

「無礼者、わたくしはエミリア・ファン・ラビッタ・オレ・アマトラニ。アマトラニ王家の者ですよ」

「へいへい、名乗ってくださってありがてえこった。おかげで手間が省けるぜ」

 男が梯子を上がって屋根裏部屋に入り込んでくる。

 かなりの大男だ。

 エミリアは後ずさったが、狭い部屋では逃げ場もなかった。

 後からもう二人の男も上がってきた。

 全部で三人らしい。

「アニキ、こいつですかい」

「おう、甘っちょろいお嬢様だからよ、自分から名乗ってくださったぜ」

「そいつはいいね。しかしまあ、こんな田舎で、ずいぶんと豪勢な格好だな」

 横から顔を出した若い男がエミリアのドレスの裾をまくりあげた。

「何をするのですか」

 裾を押さえて隠そうとする女の様子を見て、若い男が横の大男と顔を見合わせてにやける。

「威勢のいいお嬢様だな」

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