流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
 それにしても、宿屋で襲ってきた連中は何者なんだろうか。

 盗み聞きした話だと、身代金目的の誘拐ではなく、最初は暗殺を目的としていたようだった。

 誰が何の目的で?

 あやしいのはもちろん摂政となったマウリス伯だ。

 だが、王女の命まで奪おうとするだろうか。

 今エリッヒの腕の中にいるエミリアは、ただの一人の女だ。

 国を追われた王女の命にどれだけの価値があるのか。

 それに、摂政という地位はあくまでも王女の代理であって、エミリアがいなくなるとかえって困ることになる。

 つまりマウリス伯の陰謀ではない。

 アマトラニ王国そのものをつぶそうという計画なのだろうか。

 ならば、東のバルラバン帝国なのか。

 しかし、国王アルフォンテ二世の死はついこの間のことなのに、行動を起こすには早すぎる。

 エミリアがナポレモを追放されるという筋書きが分かっていたというのなら話は別だが、そんな予想は不可能だろう。

 となると、残った可能性はただ一つ。

 我がカーザール帝国ということになる。

 王女を護衛しつつ、裏では暗殺をもくろむ。

 矛盾している。

 しかし、もし、そこになにがしかの力が働いているとするなら、それを解明する必要がある。

 だが、今は分からないことだらけだった。

 一つだけはっきりしていることがある。

 星空の下で男の腕に抱かれて安心して眠っている女を、男は守ってやろうと誓っていた。

 そのエリッヒの決意だけは揺るぎようのない真実だった。

 顔にかかった乱れ髪を直してやると、女がううんとうなった。

 ドレスの胸元の紐がほどけている。

 めくれて開いた布地から女の肌が見えた。

 それは『死神の手形』と呼ばれる瘡蓋状の痣だった。

 エリッヒはほどけていた紐を右手だけで結んでやった。

 ……シュライファー……。

 男は思わず手を引っ込めた。

 女は目を閉じたままだ。

 ただの寝言らしい。

「心配するな。今は俺がついてる」

 眠り姫の頭の重さを感じながらエリッヒは髪を撫でてやった。

 丸いおでこに生えた産毛がまだあどけない。

 大人になり損ねた少女。

 エミリア・ファン・ラビッタ・オレ・アマトラニか。

 やれやれ、まったく、魔法の呪文だな。

 男は心の中で何度も女の名前を呼びながら自分も眠りについた。

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