流転王女と放浪皇子 聖女エミリアの物語
◇ エリッヒの手料理 ◇
翌朝、目覚めるとそばに男はいなかった。
エミリアはあわてて起き上がった。
今日もすでに初夏の青空が広がっている。
何かいい匂いがする。
振り向くと焚き火のそばでエリッヒがナイフで何かをさばいていた。
「おはようございます。それはなんですの?」
声をかけると男が振り向いた。
「おう、お目覚めか。ウナギをさばいているんだ」
「ウナギ?」
「夜のうちに薪を集めながら罠を仕掛けておいたんでね」
エリッヒは河原に転がる蔓草で編んだ籠を指さした。
「まあ、そうでしたの」
エミリアは男の周到さに感心していた。
細長い川魚を手際よくさばくと、エリッヒは木を削った串に刺していく。
塩と胡椒を振って焚き火にあててあぶり始めると、薄い煙に混じってさっそく脂の焼けるいい香りが立ち上ってきた。
火の脇には鍋が置かれていて、中には団子のような物が入っていた。
「これは何ですの?」
「山芋をすりつぶして油で揚げたものだ」
「これもあなたが作ったのですか」
「さっき掘ってきたんだ。すっただけだとどろどろだが、揚げるとパンみたいになって食べやすくなるんだ。オリーブオイルはナポレモで買っておいたものだ」
エリッヒがオリーブオイルの入った壺を持ち上げる。
「腹減ってるだろ。味見してもいいぞ」
エミリアは遠慮なく一つつまみ上げた。
塩と胡椒の味付けだけであっさりしているが、食感が良く、いくらでも食べられそうだ。
「かりっとしているのに、中はふっくらとして、それでいてプチッとした歯ごたえ。とてもおいしいですわ」
「それは何より」
率直なほめ言葉に、エリッヒもうれしそうだ。
「このお塩の味がきいてますわね。味わいがあります」
「そいつはトラピスタ産の岩塩だ」
「トラピスタ?」
「北の方だな」
「遠いのですか」
「ああ、去年戦争で行った」
「まあ。平和ばかりではないのですね」
「北方民族が海賊行為をして漁村を荒らしているんだ。細かい争いなら、常にどこかで起きてるものだ」
エミリアが黙って山芋団子をもう一つ口に入れていると、エリッヒがつぶやいた。
「一つ謝らなければならない。胡椒はあんたのお城からくすねてきたものだ」
「まあ」とエミリアが微笑む。「でも、許しましょう。おいしいものに罪はありませんもの」
「それは何よりだ」