『スーパームーン』 ー マスター編② ー
第4話 紳士

次の週末、俺は一人でカジノバーを訪れた。

店に入るといきなり奥の部屋まで通される。

そして、直ぐにあの視線に気付いた。

「狂犬」は奥の壁にもたれて俺を睨んでいる。

俺は初めて奴に気付いた振りをして近づいて行った。

「久しぶりだな」と俺は笑顔で奴に話しかける。

「お前にここで会えた事を神に感謝するよ」と奴は怒りのこもった声で言った。

「ほぉー『狂犬』のおまえが神を信じるのか?」

奴の顔色が変わる。

「今日は無事に帰れると思うな」と奴は脅しをかけてきた。

「それは楽しみだ」と俺は奴の目を睨んでから、この前のブラックジャックのテーブルに向かった。

ディーラーはあの時と同じ女だった。

俺を見ると嬉しそうに微笑んだ。

俺も笑い返して空いている席に座る。

今夜は40枚のチップに換えていた。

その日の俺はついていた?

40枚のチップが既に100枚を越えていた。

そして最後の勝負で全てのチップを賭けた時、俺はカードに違和感を感じた。

カードにルージュで貼られた小さな紙が貼ってあったからだ。

俺は気付かれないようにその紙を指の間に挟んだ。

黒服の目や監視カメラに気付かれないかと思ったが、何とか誤魔化せたようだ。

最後の勝負

俺のカードはスペードのエースとジャック

ブラックジャックだ。

チップは300枚を越えた。

俺はディーラーを見た。

彼女は微笑んでいた。

この後この美しい女が大丈夫なのか心配だ。

俺はこの前と同じようにディーラーに礼を言ってテーブルを離れた。

チップを現金に換え2階の受付を通りエレベーターに乗る。

1階に着いた。

扉が開く。

『狂犬』が待っていた。

奴は言った。

「随分あの女に好かれたもんだな」

「何の事だ?」

「お前、あの女がどうなるか知ってるのか?」

「あの女というのはブラックジャックのディーラーの事か?」

「そうだ。お前の勝った分があの女の借金に上乗せされる。可哀想にな」

「どうしてだ。ただ俺の運が良かっただけだろ?」

「馬鹿な事を言うな。お前だって分かってるはずだ。あの女が可哀想に思うなら金は置いていけ」

「何故お前があの女の事を気にするんだ? 惚れてるのか?」と俺が言うと奴の顔色が変わった。

どうやら図星のようだ。

「つべこべ言わず金を置いていけ」と奴は苛立って俺を睨んだ。

「ふざけるな」と俺は言って出口に向かおうとすると、奴が殴りかかってきた。

俺は軽く避けたが奴は尚も興奮して再び殴りかかろうとした時

「何をしてる。黒崎」と後ろから声がした。

俺が振り向くと、そこには40台前半の紳士がいた。

奴はその紳士を見ると急に大人しくなり
「いえ、その・・・」と口ごもった。

どうやらこの店の幹部らしい。

その紳士は穏やかな笑顔で
「うちの従業員が迷惑をかけて申し訳ない」と俺に言った。

俺は
「こいつとは昔の知り合いでじゃれあってただけですよ」と言ってやった。

紳士は
「ほぉ黒崎と。ボクシング関係の人ですか?」と聞いてきた。

俺は
「まぁ、そんなところです。でわ失礼します。じゃあな、黒崎」と言って慌ててビルを出た。

外に出ると俺は冷や汗をかいていた。

一刻も早くあの場所を離れたかった。

あの紳士はヤバイ。

狂犬の黒崎の100倍危険だ。

怖い物知らずの俺がびびっている。

俺は向かいのビルを見上げた。

4階のカーテンの隙間からカメラが覗いていた。

俺は通りを迂回して反対側に回りビルの裏口からマサのいる部屋に行く。

途中で女からもらった紙を見る。

「助けて」とだけ書いてあった。

部屋にはマサと仲間が3人いた。

「マサ、今入って行った紳士の写真は撮ったか?」と聞いた。

「ああ、撮ったけど何かあった? 拳ちゃん」

「奴の素性を調べてくれないか? 相当な男だと思う」と俺が言うと

「拳ちゃんがそんな風に言うのは珍しいな。分かった直ぐに調べるよ」

「ああ、頼む。それにもう張り込みは中止にしよう。ここは危険だ。早く撤収した方が良い」

マサは心配そうにしてたが撤収の準備を始めた。

俺は
「少し疲れた。帰って寝るよ」
と言ってビルを出て自分のマンションに戻り直ぐにベッドに横になった。

俺は心底疲れていた。
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