熱情バカンス~御曹司の赤ちゃんを身ごもりました~
私は悩みつつも、とりあえず心の中だけで一度『梗一……』と呟いてみる。
なんだかとてもむず痒くて、口にする前から照れてしまい顔じゅうが熱くなる。
でも、これさえクリアすれば今日はもうこれ以上恥ずかしいことはしないで済むのだ。ここが踏ん張りどころよ、詩織。
「……梗、一」
蚊の鳴くような声で呟くと、彼はふっと鼻息を漏らして笑う。
「言わされた感がすごいな。もっとこう、心を込めて呼んでほしいんだが」
「む、難しい注文しないでよね」
「じゃあ見本をやってみせよう」
ゴホンと咳払いをした彼は、私の瞳をまっすぐに見つめ、甘い低音でゆっくり私の名を呼んだ。
「詩織」
ただそれだけのことで、私の胸はぎゅうっと締め付けられた。
そっか……。こういうときに呼び合う名前は、ただほかの人と区別するために使うんじゃない。
すでに恋仲なら、名前を呼びあうだけで愛の言葉になるし。
不確かな気持ちの狭間で揺らいでいる私のような人にとっては……自分の気持ちを確かめるための材料に、きっとなり得る。
私はそんな思いから、先ほどよりは躊躇いを捨て、もう一度彼の名前を口にしてみる。
「梗一」
すると、とくとくと優しい心音が胸に響いて、やはり彼の名は自分にとって特別なんだと思い知らされる。