月の記憶、風と大地
夫とのわだかまりを抱えたまま働き始めて、早くも一ヶ月が過ぎた。
今日は朝から夕方まで弥生は勤務する予定だ。

店にもだいぶ慣れ、レジ作業も品だしも前よりスムーズに出来るようになった。
弥生はそれまで肩こりが酷かったのだが、働き始めてからあまりそれを感じなくなった。

体を動かしているので血行が良くなったのだろうか。

客の来ないレジで体を動かしていると、医薬品売り場で薬の説明をする後台の声が聞こえてくる。


「月は女性の子宮を現します」


後台が漢方薬の箱を持って説明している。


「子供は風、男は大地とか大樹とかで比喩されます。桃の節句なんてありますね。桃は女性の血流をよくしたり整えたりする働きがあります。子供ができやすいように願いをこめる、お祭りでもあるんです」


後台の話しを聞いていたのは二十代前半くらいの女性だったが、目がハートになっているように見えた。

その様子に苦笑しつつ弥生は考える。


自分には子宮がない。


ということは月がないということになるのだが、月の記憶くらいは残っているのだろうか。
探せばあるのだろうか。

子供は諦めているし、そういう話題には自分は無関心かと思えば、そうじゃないと思える自分がいる。


「店長さん、いる?」


思いを巡らせていると三十代後半年齢の女性客が、レジの弥生に声をかける。

マイクを使い事務所にいる津田を呼ぶと、津田が姿を見せ笑顔で接客を始めた。

後台が接客していた客も薬を買い、精算を済ませ帰っていく。



「津田店長、すごく人気ありますね」



隣の後台に弥生は話しかける。



「そうですね。津田さん目当てのお客さんは多いですよ。津田さんが接客すると、実際に売れます」


弥生がカウンターへ目を向けると、客は椅子に座り傍らで津田が笑顔で話しをしている。

一時間ほど会話した後、強壮薬を買い満足げに帰って行った。


「お疲れ、津田さん」
「おう。おかげさまで今日もノルマをこなせたよ」


答えると津田は休む間もなく、洗剤の発注作業に入っていく。
事務所では処理作業、POP作り、客注を処理して終わったかと思うと在庫整理、売り場作り、メーカー営業とのやりとり。


津田は言葉の通り休む間もない。

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