お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
思ってもみない言葉に、はっ!とした。
すんなり答えてくれたことにも驚きだが、あの、スマートでクールで、欠点なんて何一つないメルさんが禁忌を犯したなんて、信じられない。
すると、彼は静かに続ける。
「ニナ。君は、執事がやってはならないことは、何だと思う?」
「え…?…えっと…、主を泣かせること…?」
「まぁ、それもあながち間違いではないけど、それが禁忌なら、アレンはクビだね。」
舞踏会での失態を掘り起こされ、かぁっ、と恥ずかしくなった私。
くすくすと笑っていたメルさんは、やがて微かにまつげを伏せた。
「いいよ。教えてあげる。執事がやってはならないこと。それはね、主従の一線を越えることさ。」
「…んん?」
「ふふ。ピンとこないか。つまりは、お嬢様と執事という立場をこえて、男女の関係になるってことだよ。」
直球の言葉。
一気に彼の言葉の意味が頭に流れ込む。
「もっと分からなくなった?」
「いえ…」
それを聞いて、すとん、と腑に落ちてしまった自分がいる。
あれだけ、メルさんが禁忌を犯すなんてありえないと思っていたのに、最後の言葉を聞いた瞬間、何故だかすんなり心が受け入れた。
すると、メルさんは、何も言えなくなってしまった私を見て微笑み、やがて静かに語りだした。
「あれは、五年前。まだ、屋敷の旦那に雇われていただけだった用心棒のダンと、執事だった頃の俺が、一人のお嬢様に仕えていた頃の話だよ。」