お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。
二人しかいない屋敷の庭に、メルさんの艶のある声が響く。
「当時、二十一歳だった俺は、お嬢様の専属執事となって五年が経っていて、彼女は俺が見てきた中で一番隙のない令嬢だった。」
「それは、アレンから聞いたことがあります。一流執事のメルさんに見合うくらい完璧なお嬢様だったって。」
「ふふ。それは逆さ。俺の方が、彼女の隣に並んでも恥じない執事になろうと必死だったよ。」
どこか懐かしそうに笑ったメルさん。
「彼女は、いつも正しかった。そして、俺と彼女の信頼関係は揺るぎないもので、きっとこれからも、ずっと彼女に仕えていくんだろうと、その頃の俺は疑わなかった。」
その時、彼は、ふっ、とローズピンクの瞳を曇らせた。
感情を押し殺したような声が、耳に届く。
「だけど、ある日、俺の元にある報せが舞い込んできてね。隣国の王子が、彼女を嫁に迎えたいと言ってきたんだ。」
「隣国…?!すごいですね…!国境を越えて求婚されるなんて…」
「いや。詳しく話を聞いてみて、普通とは違うとわかった。王子が言ったんだ。自分は、彼女を側室として迎えるつもりなんだと。」
愕然とした。
それを真正面から告げられたお嬢様がどんな気持ちだったのか、想像も出来ない。
「ふざけるな!…って、当時の俺は思ってた。ずっと側にお仕えしていた、俺にとって何にも代え難い一番大事な彼女が、ぽっと出の貴族の二番、三番にさせられるなんて許せなかった。」