異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「俺の婚約者と騎士が攫われてな、この地に乗り込んできた。ついでに、この国の秩序を取り戻す手助けができればと思っているのだが、申し出を受け入れてもらえるだろうか」

「どうして、他国であるこの国を救おうとなさるの?」

「なに、私情だ。俺の婚約者がレジスタンスに狙われていてな、毎回攫われては敵わないからここで叩いておきたい。そのついでに仲間の生まれた地を救うだけだ」

 あっけらかんとしてシェイドは言うが、それも意味があるのだろう。
 他国の王子に救われたアストリア王国は同盟国でもない限り本来ならエヴィテオールの支配下に置かれるが、シェイドの態度からして恩を売る気はないとわかる。そこから考えられるのはレジスタンスを捕らえたあとのこの地の統治権はアストリア王家に戻すということだ。

「この地で流行っている奇病の正体はただの感染症だ。それを国民に伝えれば国王の洗脳を解くのは難しいかもしれないが、民を味方につけることはできる」

 確かに息子の命が奪われると聞いても解けなかった国王の洗脳が簡単に治るとは思えない。それを待っていたら、この国はレジスタンスの権力者への復讐に利用されてしまう。それを誰よりも身に染みて知っているのはクワルトだった。

「つまり、国民と共に王族に反旗を翻す……というわけだね。民を説得する役目はアストリアの民を病から救った若菜さんが適任だと思うよ」

「クワルトの言う通りだ。民のレジスタンスへの妄信は若菜の言葉で解ける可能性が高いからな。民を味方につけて新たな派閥を作る。それを引っ張っていく新たな権力者は……」

 シェイドの「この国の王になるか?」という問いがこもった視線がローズさんに向く。

 この状況で民と共に国王に対抗するのは同じく王族の血を引き、王子であるローズさんが適任だろう。自分の血族――国王が洗脳されていたとはいえ、レジスタンスに国を明け渡した罪への清算にもなる。

 それを加味すれば彼が王になるのは自然の流れなのだが、ローズさんは首を横に振った。
 
「あたしは祖国から逃げた身よ。王にはならない……いえ、ふさわしくないわ。でも、適任者ならいる」

 ローズさんは自分の腕の中にいる妹のマオラ王女を見下ろした。

「マオラ、この国の女王になってくれないか」

 厳正な空気が立ち込め、その場にいた全員が息を呑むのがわかった。なにより、いちばん衝撃を受けていたのはマオラ王女だ。

「そんなっ、お兄様が王になるべきよ」

「俺は一度、この国と役目から逃げてる。そのときにバン・アストリアは死んで、騎士のローズとして生きると決めたんだ。この王子と、どこまでも運命を共にするつもりだ。だから、俺にアストリア国を引っ張っていく資格はない」

 ローズさんの意志が固いことを察したのか、マオラ王女は目を閉じて兄の意志を受け止めているようだった。それから長い思案のあと、心を決めたように顔を上げる。

「お兄様は王子としてではなく、進みたい道があるのね」

「そうだ。俺はシェイド王子の騎士として生きていく」

「わかったわ、ならばわたくしは……どこまでもこの国の女王として生きましょう」

 真剣な表情で互いの生きる道を報告しあった兄妹は、同時にふっと笑みを浮かべる。

「でも、忘れないで。騎士として生きようと、お兄様はわたくしのお兄様よ。その女性みたいな口調も含めて、ますます大好きになったわ」

「ええ、兄として困ったことがあったら、いつでも頼ってちょうだい」

「はい、バンお兄さ――いえ、ローズお兄様。もともとお菓子作りにお裁縫、オシャレにはわたくしより口うるさくてセンスがあったものね。不思議と違和感はないわ」

 バンではなくローズと呼んだことで、マオラ王女がローズさんの生き方を肯定しているのだとわかる。
 それが嬉しかったのか、ローズさんは完全に女性言葉でマオラ王女に接していた。

「お菓子はあんたが出されたぶんだけじゃ足りないってせがむから、こそこそ作ってるうちに上達したのよ。お裁縫とドレスは、マオラが『お兄様が選んだものを着る』って聞かないから、気づいたら好きになっちゃったんじゃないの」

「ええ、お兄様のお菓子作りの腕もオシャレなセンスも世界一よ」

 ふわっと花が咲くように微笑んだマオラ王女に目を細めるローズさんの姿を遠目に見る。これからマオラ王女を女王にするために国を取り返さなければならない。実の父である国王とも対立することになるふたりに少しでも穏やかな時間を過ごしてもらえたらいいなんて、敵の腸である城にいながら考えずにはいられなかった。




 ローズさんとマオラ王女を連れて城から脱出した私たちは翌日、町の施療院にいる民たちにこの奇病の正体を明かしていた。

「私はミアスマを祓ったわけではありません。今回の奇病はコレラといって、恐らくメイヘラという魚が持っていた菌に感染したのが原因です。酷い嘔吐や下痢による脱水で体内の水分が干からびたことで、見た目がミイラのようになってしまったのだと思います」

 町を巡回しているレジスタンスの見回り交代の時間を狙い、動ける患者やその家族を施療院の前にある広場に集めて演説じみた説明を行う。

 すると、民衆からは「確かに若菜さんのおかげで病が治ったしな」「国王様はミアスマを祓ってくれると言っていたけれど、何十年も現状は変わらなかったわよね」という声があがる。
 国への不信感を抱く民の動揺は大きくなっていき、広がるざわつきにマオラ王女が外套のフードを脱ぎながら一歩前に出た。

「愛するアストリア王国の民たちよ、わたくしはマオラ・アストリアです」

 王族へ批判の矛先が向く中、自ら危険を顧みずに名乗り出たマオラ王女に「王女だ」「今までなにをしていたんだ!」という罵声が飛び交う。

 それに胸が痛んだけれど、私はじっとマオラ王女を見守る。民から女王として認められるために彼女の口から説明し、理解を得なければないからだ。

「わたくしはこの十数年、あなた方のためになにもできず城の一室に幽閉されていました。これも全て王族の不徳といたすところ、王族代表としてここに謝罪を」

 深々と頭を下げるマオラ王女に民たちは息を呑む。非を素直に受け止めた潔い彼女の行動に同情の眼差しすら向ける者もいた。
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