私は視えない。僕は話せない。
 すると、僕の文字を呼んだ母は、しばらく腹を抱えて笑った。
 ひとしきり笑って、笑って零れた涙を拭いて、改めて僕に向き直る。

「いいわ、そういうことにしておいてあげる。生憎と私一人だけだけどね」
 
 母は悪戯に笑ってみせた。
 そして「ただ――」と僕の反応を制して言葉を続ける。

「今日もしあの子がここにいたとして。あるいは、いつかまた来た時や出会ってしまった時は、あの子には”他人”として接して頂戴。これはお願いではなく、命令に近いは」

 そんな言い分に、僕は自然理由を問うた。

 曰く。
 母はもう父を許していて、同時に父も許していて。しかしその上で、これまで続けて来た別居を元に戻し、娘である僕の姉、そして息子である僕に、これ以上迷惑をかけないようにしようという、父からの進言があったのだそうだ。
 実は同じことを思っていたらしい母はそれを受け入れ、何も知らぬ子どもたちである僕らには、それを知らせぬままに今までと同じく――ということだ。
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