私は視えない。僕は話せない。
「まぁまぁ、ですよ。そんな拓也さんに聞きますが、今日の世界の様子はどうですか?」

 私が口で答えると、また彼は私の手のひらに文字を綴っていく。

『いつもより人が多い。ごちゃっとしてる』

「声はよく聞こえています。子どもが多いようですね」

『休日で、ここは公園だからね』

「そうでしたそうでした」

 通院ばかりで曜日感覚が少しあやふやではあるが、言われればそうだ、という程度には把握できる。
 もっとも、それは彼あっての話なのだけれど。

「今日は少し肌寒いですね…」

 別に、彼に何かを催促したわけではなかったのだけれど。
 彼は文字を綴らないで、代わりに自分が羽織っていたであろうカーディガンを、そっと私の肩にかけてきた。

「拓也さんは寒くないんですか?」

『暑がりだから』

 それは強がりだと分かる。
 末端冷え性なのか、例え夏場であっても、彼はたまに指先が冷たいことがある。

 彼は優しいから。

 似たようなことで、私も寒がりで今日は暖房を入れていたものだから、家を出る際に羽織を持ってくるのを忘れたのだ。

「それじゃあ、甘えちゃいますね」

 文字を綴らずに親指だけ押さえるのは『うん』の意味。
 間隔なく訪れたその感覚に、私は「ありがとうございます」とくるまった。
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