この人だけは絶対に落とせない
登 翔太は半月前のことをぼんやり思い出しながら、朝の通勤時間を埋めていた。
半月前、湊の不倫のことが本社で明るみに出され、相手の女性が既婚者であり、しかも従業員であったことから即降格が決まった。
それと同時に自らが部長になり、副社長から新たなチームを発足するよう案を出された。
人選は任せると言われた瞬間、数人の名が上がったがその中で絶対に欠かせないと思った人物が森宮 陵(もりみや りょう)であった。
1年後輩に当たる森宮は、実家が大手セキュリティソフトを制作、販売する会社だ。だが実際会社はまだ父親で手が足りているようで、息子森宮は修行のためにここを受けたものだと入社試験の面接時、本人が言っていたそうだ。
だが、経営部1年で周囲との折り合いが悪くなり、店舗勤務を命じられた。ものの、店の業績をどんどん上げ、自らも昇進し、4年で東都の部門長にまで上り詰め、元の本社経営部に戻された。それから1年、角が取れて丸くなり、良い感じで仕事ができるようになっている。
キレが良く、それが嫌われることがあるのだが、そういう人間を好きな俺としては、一番のりしろがある人物だと捉えていた。
「森宮君」
仕事が早く、あまり残業をしない森宮をつかまえるのは、定時に見張っているのが一番良いと知っているので、その日は定時30分前に声をかけて捕まえた。
パソコンを覗くと、まだ作業途中で今日は残業をする予定だったと伺えた。ちょうどいい。
「会議室まで」
小声で囁き、先に営業部の部屋から出る。
何かを感じ取ったらしい森宮は、賢く時間差をつけてから会議室に入ってきてくれる。
夕方で暗くなった部屋に一部だけ電気をつけ、あえて窓際まで寄ってから話を始めた。
「……」
森宮は後ろで手を組むと、少し俯いて言葉を待った。
「湊部長が降格になった」
無表情は微動だにしない。興味がない、といったところだ。
「来月初めから、僕が部長になって、新チームを立ち上げる」
そこまで言い切ると、少し口角を上げた。
「僕ですか」
森宮は視線を下げたまま笑った。
「店舗を回って社員指導をする。今まで僕と湊さん1人ずつでは補えなかったところを補っていく。森宮には部門長以下の指導を頼みたい」
「……仰せのままに」
冗談なのかどうなのか、森宮は視線を下げたまま笑った。
一旦ほっとする。
「チームには緋川を入れる。東都の緋川貴美だ」
「あぁ……なるほど」
若干顎を上げる。人選が間違ってなかったと安堵した。
「あとは、4月から入ったカウンセリングの織野さん。あのまま本社で置いておいてももったいない。店舗を一緒に回らせて、働いてもらう。手当をつけてもその方がいい」
「……」
森宮は頷いた。
「それから湊部長」
「いります?」
森宮は目を合せて即座に切り込んだ。
同意見を登も持っていたため、思わず笑った。
「…店舗を回るのは無理だから、ここで仕事をしてもらう」
「なんの」
確かに、そうだ。その意見が分かるだけに笑いが止められない。
「なんのって……。あ、Tラインの……雑務を色々してもらおうとは思ってる」
「あぁ。それチームにいります? 庶務課でいいんじゃ?」
「うーん。まあ、僕も新チームに自信がないわけじゃないけど、湊さんも経験が豊富だから何かの時には役に立つと思って」
「いらないと思うけどなあ」
「まあまあ」
何の悪事を働いて降格になったのかも知らないはずだが、降格になった時点でその切り替えができるとはさすが森宮だ。
こちらも笑いが止まらないが更に続ける。
「とりあえず、1週間後に全員庶務課配属にして僕が部長、梅田君が代理。1か月後に新チームを発表する。森宮課長で。まあ、1週間後には動き出すけどね。発表だけ後」
「………僕が課長より緋川を課長にしましょう」
目を見開く人事案に、登は言葉を失った。
「緋川は一緒に仕事をしたから分かります。…半年くらいだったけど。向いてると思いますよ」
「…………。大丈夫かな。さすがに初本社で初課長って」
「でも、いいと思ったから取ったんでしょ?」
目を見て聞かれた。そうだ。そうだから取ったんだが、でもそれは社員として……。
「それに僕も、湊さんを部下で扱うのは嫌です」
森宮が笑ったので、つられてしまうが。
「……フォローはきちんとします。僕より彼女が上に立った方がいい。東都では上手に溶け込んでたけど、部門長になるにはちょっと疑問を感じるところではあった。
でも、今ここで新チームを作るのなら、彼女が適任だと思います。僕よりはね」
森宮が、湊を部下にしたくない、という一心で言っている気がしないでもないが、緋川と半年一緒にいてそう思ったんなら、その感覚の方が正しい、いや、森宮の感覚は元々すぐれているので、半分以上、そのチャレンジ精神が先に立った。
「それでやってみるか……。本人びっくりするだろうなあ……」
「最初の時はお願いします。その後はきちんとフォローします」
森宮がそこまで言うのなら、心配はない。
「分かった。それでいこう。……優しく言わなきゃな。……」
あの後話を詰めていって、産業カウンセラーの話も後付けしたのだが、それでも昨日はだいぶ優しく言った。心は折れていないと思うのだが、織野にもフォローしてもらって、今日はしっかり様子をみなければと思う。
半月前、湊の不倫のことが本社で明るみに出され、相手の女性が既婚者であり、しかも従業員であったことから即降格が決まった。
それと同時に自らが部長になり、副社長から新たなチームを発足するよう案を出された。
人選は任せると言われた瞬間、数人の名が上がったがその中で絶対に欠かせないと思った人物が森宮 陵(もりみや りょう)であった。
1年後輩に当たる森宮は、実家が大手セキュリティソフトを制作、販売する会社だ。だが実際会社はまだ父親で手が足りているようで、息子森宮は修行のためにここを受けたものだと入社試験の面接時、本人が言っていたそうだ。
だが、経営部1年で周囲との折り合いが悪くなり、店舗勤務を命じられた。ものの、店の業績をどんどん上げ、自らも昇進し、4年で東都の部門長にまで上り詰め、元の本社経営部に戻された。それから1年、角が取れて丸くなり、良い感じで仕事ができるようになっている。
キレが良く、それが嫌われることがあるのだが、そういう人間を好きな俺としては、一番のりしろがある人物だと捉えていた。
「森宮君」
仕事が早く、あまり残業をしない森宮をつかまえるのは、定時に見張っているのが一番良いと知っているので、その日は定時30分前に声をかけて捕まえた。
パソコンを覗くと、まだ作業途中で今日は残業をする予定だったと伺えた。ちょうどいい。
「会議室まで」
小声で囁き、先に営業部の部屋から出る。
何かを感じ取ったらしい森宮は、賢く時間差をつけてから会議室に入ってきてくれる。
夕方で暗くなった部屋に一部だけ電気をつけ、あえて窓際まで寄ってから話を始めた。
「……」
森宮は後ろで手を組むと、少し俯いて言葉を待った。
「湊部長が降格になった」
無表情は微動だにしない。興味がない、といったところだ。
「来月初めから、僕が部長になって、新チームを立ち上げる」
そこまで言い切ると、少し口角を上げた。
「僕ですか」
森宮は視線を下げたまま笑った。
「店舗を回って社員指導をする。今まで僕と湊さん1人ずつでは補えなかったところを補っていく。森宮には部門長以下の指導を頼みたい」
「……仰せのままに」
冗談なのかどうなのか、森宮は視線を下げたまま笑った。
一旦ほっとする。
「チームには緋川を入れる。東都の緋川貴美だ」
「あぁ……なるほど」
若干顎を上げる。人選が間違ってなかったと安堵した。
「あとは、4月から入ったカウンセリングの織野さん。あのまま本社で置いておいてももったいない。店舗を一緒に回らせて、働いてもらう。手当をつけてもその方がいい」
「……」
森宮は頷いた。
「それから湊部長」
「いります?」
森宮は目を合せて即座に切り込んだ。
同意見を登も持っていたため、思わず笑った。
「…店舗を回るのは無理だから、ここで仕事をしてもらう」
「なんの」
確かに、そうだ。その意見が分かるだけに笑いが止められない。
「なんのって……。あ、Tラインの……雑務を色々してもらおうとは思ってる」
「あぁ。それチームにいります? 庶務課でいいんじゃ?」
「うーん。まあ、僕も新チームに自信がないわけじゃないけど、湊さんも経験が豊富だから何かの時には役に立つと思って」
「いらないと思うけどなあ」
「まあまあ」
何の悪事を働いて降格になったのかも知らないはずだが、降格になった時点でその切り替えができるとはさすが森宮だ。
こちらも笑いが止まらないが更に続ける。
「とりあえず、1週間後に全員庶務課配属にして僕が部長、梅田君が代理。1か月後に新チームを発表する。森宮課長で。まあ、1週間後には動き出すけどね。発表だけ後」
「………僕が課長より緋川を課長にしましょう」
目を見開く人事案に、登は言葉を失った。
「緋川は一緒に仕事をしたから分かります。…半年くらいだったけど。向いてると思いますよ」
「…………。大丈夫かな。さすがに初本社で初課長って」
「でも、いいと思ったから取ったんでしょ?」
目を見て聞かれた。そうだ。そうだから取ったんだが、でもそれは社員として……。
「それに僕も、湊さんを部下で扱うのは嫌です」
森宮が笑ったので、つられてしまうが。
「……フォローはきちんとします。僕より彼女が上に立った方がいい。東都では上手に溶け込んでたけど、部門長になるにはちょっと疑問を感じるところではあった。
でも、今ここで新チームを作るのなら、彼女が適任だと思います。僕よりはね」
森宮が、湊を部下にしたくない、という一心で言っている気がしないでもないが、緋川と半年一緒にいてそう思ったんなら、その感覚の方が正しい、いや、森宮の感覚は元々すぐれているので、半分以上、そのチャレンジ精神が先に立った。
「それでやってみるか……。本人びっくりするだろうなあ……」
「最初の時はお願いします。その後はきちんとフォローします」
森宮がそこまで言うのなら、心配はない。
「分かった。それでいこう。……優しく言わなきゃな。……」
あの後話を詰めていって、産業カウンセラーの話も後付けしたのだが、それでも昨日はだいぶ優しく言った。心は折れていないと思うのだが、織野にもフォローしてもらって、今日はしっかり様子をみなければと思う。