闇に溺れた天使にキスを。
「は、はい…!」
「少しだけ華さんのところに行ってくるから、教室で待っててほしい」
今は冷たい声ではなく、いつも通りの優しい声音だったけれど。
“華さん”という言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。
「……っ、あ、あの」
思わず呼び止めてしまう。
そんな私に驚いたのか、少し目を見張る彼。
「どうしたの?」
けれどすぐ目を細め、微笑む彼。
その笑みにいつもの温かみを感じない気がして、やっぱり少し怖い。
「……あ、いや…ごめんなさい。
なんでもないの」
慌てて首を横に振り、無理矢理笑顔を浮かべる。
やっぱり言えない。
『どうして行くの?』って。
たったひと言を伝えるのがこんなにも難しい。
「じゃあすぐ戻るね」
そう言って、神田くんは教室を後にした。
“すぐ戻る”。
その言葉を信じて、じっと席で待っていたけれど。
「……来ない」
彼が教室を出て行ってから、もう30分を経とうとしていた。
すぐ戻ると言うのは、どのくらいの時間を指しているのだろう。
30分も神田くんは宮橋先生といる。
いったい何を話しているのか。
待っててほしいと言われたのに、それを破るようにして、私は保健室へと向かう。