ガラスの靴は、返品不可!? 【前編】
「もう1杯、お作りしましょうか?」
控え目に尋ねられ、ハッと我に返った。
見回すと、客はほとんどいなかった。
貴志が帰ってから、どれだけぼんやりしていたんだろう。
今日は早く帰らなきゃいけなかったのに。
「あ、もう帰ります。チェックを――」
BBBBB……
カウンター上に置いていたからだろう。
バイブ機能らしくない耳障りな音がして、静かなBGMをぶち壊した。
見覚えのないナンバーに、ざわりと背筋が粟立つ。
嫌な予感は、当たる。
マスターに目で謝ってから画面をタップすると。
《ハーイ、ご無沙汰ね》
耳元で媚びるような上海語が響き、思わずうめき声が漏れた。
<シンシア……>
《ねえ会いましょうよ。東京公演が始まるの。チケットを渡したいわ》
まだ僕を諦めてないのか?
あんな、みっともないところを見たっていうのに?
<いい加減にしてくれ。もう会うつもりはない>
本当に、早く帰りたいんだ。今日は飛鳥が病院へ行ったはずで……
《仲直りできたのかしら? あの日本人と》
<君には関係ないだろう?>
イライラと早口で答えながら、マスターへ紙幣を渡した。
《ふぅん……そう。じゃあ気にしないのね? 関係ないわたしが、あのマジメな彼女にしゃべってしまっても》
おつり? あぁいらない。
視線とジェスチャーでマスターとやり取りしながら、話半分に聞いていた僕だったけど。
次のセリフが聞こえた瞬間。
スツールから立ち上がりかけた姿勢のまま……全身が凍り付いた。
《あなたが――人殺しだって》
◇◇◇後編へ続く◇◇◇


