初恋の花が咲くころ
酔いの勢い
「新作のドリンク、甘く切ない初恋味はいかがですか?」

金曜日の夜、22時少し前。
夜遅くまで営業しているカフェのカウンターで、咲(さき)は思いっきり良い営業スマイルを作る。
お客さんは、少し考えたあと「どんな味なんですか?」と聞いてくる。これはいつものパターンだ。
咲はマニュアル通りに答えた。
「甘酸っぱいラズベリーとイチゴをホワイトチョコレートの甘さで引き立てたドリンクとなっております。女性の方に大変、人気の商品ですよ」
「じゃあ、それ、持ち帰りで」
「はい!初恋ドリンク、入りまーす♪」
元気の良い声が、カフェ店内に響いた。


「初恋を知らない咲が、初恋味のドリンクを作るとはね…」
皮肉交じりに言ったのは、カフェの端の席で、夕方から咲のバイトが終わるのをずっと待っている、月島あやめだ。大量のお肉と缶ビールの袋が、席をいくつも占領している。
すらりと伸びた脚が目立つ、灰色のストライプのパンツスーツを着た女性。肌が透き通る白さをしているせいか、腰まで伸びたストレートの黒髪がよく映える。切れ長の目が、意地悪そうに光った。
「ねえ、初恋ってどんな味なの?」
「ラズベリーとイチゴを…」
咲が先ほどと同じうたい文句を語り始めようとすると、あやめが手を出してそれを制止した。
「私がわるうござんした」
「さ、行こうか」
既にお店の制服から、フード付きのパーカーとジーンズというラフな格好に着替えた咲が、あやめが買ってきたお肉の袋を持って言った。
「長らく、お待たせしました」
< 1 / 49 >

この作品をシェア

pagetop