Toxic(※閲覧注意)
「そうです、ええ。……いえ、Aliciaです。エイブル、ラブ、アイテム……」

成田に電話をかけて、迷子のオーストラリア人アリシアちゃん(43才)のデータを伝える。

ちなみにエイブルやラブというのは、旅行業界で使うアルファベットのコード。

AはエイブルでBはベーカー、Cはチャーリーというように言い変えて、例えばBとDなどの聞き間違いを防ぐのだ。

他に、アメリカボストンチャイナ……という都市名での言い方もある。

それからアリシアちゃんの宿泊するホテルに電話をかけて、全く同じ会話をした。

これでやっと終わりだ。

時計を見ればもうすぐ50分、あと10分しかないが、少しでも仕事を進めておこう。

そう思ってキーボードを叩き始めた瞬間に、またデスクの電話が鳴り出した。

大きなため息をつきながら、渋々電話を取る。

『お世話になっております。ブリリアント東京の柴宮です。あれ、夏目さんが電話取るなんて珍しいですねー』

お前かい!と心の中でツッコミながら、

「お昼の電話番なので。ご用件は?」

と事務的に返す。

『島根さんから、4月23日に1泊デラックスダブルのお部屋頼まれたみたいで』

そういえば、彼の声を聞くのは、日曜日の電話以来だ。

今日が金曜日だから、あの電話からもう5日も経っている。

本気で口説かれてよ、なんて言ったくせに、また放置。

ほんと、腹が立つ男だ。

「ブリリアントのデラックス?……ああ、ドイツ人の」

『ああ、そうです。その件ですが、タワービューのお部屋じゃなければいけますよ』

「ふーん。東京タワーなんて見たけりゃ見に行くだろうし、別に言われてないからいいんじゃない?」

私が言うと彼は「わかりました、じゃあ押さえておきますね」と答えてから、

「では夏目さん、またあとでね」

そんなことを言って電話を切った。

またあとで?
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