Toxic(※閲覧注意)
マサトくんの大事な話は、本当に名古屋への転勤の件だけだったらしい。

その話を終えると、彼は私がお手洗いで席を外している間に会計を済ませ、戻って来た私に「じゃあ出ようか」と言った。

転勤する前に4人で飲もう、じゃあいつにする?という話をしながら歩いていたら、すぐに駅の南口前に着いた。

「響子ちゃん、今日はありがとね」

「こちらこそ。ご馳走になって、お土産ももらっちゃって」

私が言うと、マサトくんは「美人は得だね」と言って笑った。

「4人で飲む件もあるし、また連絡するよ」

「了解。またね、マサトくん。おやすみ」

私は手を振ると、彼に背を向けて改札の方へと歩き出す。が、

「響子ちゃん!」

背中から呼ばれると同時に、手首をガシッと掴まえられた。

「…………な、なに?」

声が震えたのは、驚いたからじゃない。

まさにこの場所で、全く同じように私を掴まえた大和のことを、思い出してしまったからだ。

……ああ、もう、本当に嫌になる。

そんな私の心中はお構いなしに、マサトくんは思い詰めたような顔で私を見つめて、ゆっくりと口を開いた。

「ずっと言えなかったけど…………俺、響子ちゃんのことがす」


「すいません、お兄さん」


──突然。

よく通る声が、彼の言葉を遮った。

「その手、離してもらっていいですか?」

ふわりと香る、甘くて瑞瑞しいラ・フランス。

心臓が否応なく大きく高鳴り、瞳はその姿に釘付けになった。

だから、会いたくなかったのに。

ああ、また、全部持っていかれてしまう──。

「このヒト、俺のなんで」

柴宮大和はそう言って、静かに笑った。
< 94 / 123 >

この作品をシェア

pagetop