旦那サマとは打算結婚のはずでしたが。
「入れば」


冷たい声を発してしまい、しまった…と思わずハッとする。
言われた未彩は目線を上げると直ぐに下へ向け、恐る恐る足を前に進めて玄関先に佇んだ。


彼女の目線の先には、さっきまでいた月詠みの庭が広がってる。
ずっと過去に祖父母が愛し、大切に守ってきた思い出深い庭が___。


(幼い頃は、俺もあの庭で散々遊んだものだったけどな)


それも忘れて、この頃は仕事に没頭してばかりだった。

あまりの忙しさに心を亡くしてしまってたみたいで、目の前のことだけを見る毎日に、どこか慣れきっていた。


(それが、彼女が来てから少しずつ変わっていってる様な気がしてたのにな)


そんな日々はもう終わりなのかな…と思うと、次第に怒りが静まってくる。

代わりに、何とも言えない寂寥感みたいなものが渦巻いてしまい、堪らず掌を握ると彼女に近寄り、その手を取ると框を上がって、「行こう」と言いながら、あの和室へと向けて歩き始めた。



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