ビタースウィートメモリー
「何だったんだあれは……」
唇に触れながら呆然と呟く大地だが、頭の中の冷静な自分が即答する。
何って、キスされたんだろうが。
初めてじゃあるまいし、何呆けてんだよ。
女性に唇を奪われることなど、よくある事だ。
ただ、つい最近までその女性にカウントしていなかった……もっと言えば、自分の方が先に異性として意識していた悠莉が、あんな行動を取ったことが信じられなかった。
悠莉の身持ちの堅さは、10年も友達だった自分が一番わかっている。
彼女の赤く染まった顔が、きつい言葉で羞恥を隠す態度が可愛くて、ふつふつと歓喜が沸き上がってくる。
きっと今夜から、二人の関係は大きく変わる。
その予感に胸が震えるが、大地は頭を仕事用に切り替えた。
いつ何時も仕事を優先する悠莉と付き合っていく以上は、自分もそれなりに仕事をしないと釣り合わない。
すっかり冷めてしまったコーヒーを片手に経理部へ戻れば、後輩の澤村が不思議そうな顔をしてこちらを見た。
「小野寺さん、ご機嫌ですね。何か良いことでもありましたか?」
後輩からそう指摘され、自分の口角が上がっていることに大地は気づいた。
ポーカーフェイスのつもりが、感情が駄々漏れだったらしい。
苦笑して、大地は澤村の質問に曖昧に答えた。
「確かに今日の俺はご機嫌だな。いきなり残業になっても怒らないくらい」
そう言って数時間後、大地の言葉に呼応するように、その日は約2時間の残業が降りかかってきた。