ビタースウィートメモリー
PM5時、書類のファイリングをしながらやり残した仕事が無いかチェックし、大地は後輩三人の進捗状況を確認した。
課長の奥山はいつも一歩引いたところにいて、部長と大地以外の社員にはあまり話しかけない。
そのため、必然的に新人教育は大地の仕事だった。
新入社員や異動になった人を任せられておよそ三年、最初は苦戦していたが、今や自分の仕事をしながら片手間に新人教育をするくらい余裕である。
今年は新入社員も他部署から異動してきた社員もいないため、去年に比べればずっと楽だ。
今日も定時で上がれそうだと安堵していたが、定時の20分前になってから、経理部で一番若い萩野が小さく息を呑んだ。
「あの……小野寺さん……」
その声のトーンに嫌な予感を覚えながら、大地は萩野のデスクに歩み寄った。
「なんだ?」
「合計の数字が合わないんです」
涙混じりの萩野のか細い声が、静まり返った室内に響いた。
足早に萩野のデスクに歩み寄ると、大地は電卓と帳簿を覗き込んだ。
「今から確認するからこの帳簿貸して。他に誰か数字合わない人いるか?」
バラバラと大丈夫ですといった声が挙がり、大地は深く頷くと萩野を手招きした。
「萩野、隣来て。一緒に確認するから」
合計金額を見ると、二千円足りない。
素早くすべての数字に目を走らせ、どこが違うのか探す。
だいたいいつもは何分かで間違った数字を見つけるのだが、今日はなかなか見つからない。
月末、年末以外は定時退勤を推奨する経理部の空気に従い、時計の針が18時を過ぎると、大地と萩野以外はもれなく退社した。
「本当にすみません、小野寺さん……」
縮こまる萩野を一瞥し、大地はすぐに帳簿に目を戻した。
「経理は手作業だし、お前はまだ社会人二年目だから仕方ないよ。それより、そんなにビビるな。明石を怒鳴ったのは、あいつが俺に色目を使うだけできちんと仕事をしようとしなかったからだ。お前が仕事を真面目にしていれば、俺は絶対怒らない」
大地は、数字が合わなかった時に機嫌が悪くなる自覚はあった。
しかし、だからといって後輩に当たり散らしたりはしない。
四月の始めに、萩野の同期の明石という女子社員に腹の底から怒鳴り付けたことはあった。
大地に一目惚れした彼女は、仕事を覚えるよりも、いかに大地の気を引くかに常に頭を使っていた。