ビタースウィートメモリー
新大阪駅に着く5分前に目が覚め、悠莉は自分の体内時計の精密さを褒めたくなった。
スマホのアラームを消し、ついでに手鏡で顔色をチェックする。
まだ少しくすみは残っているが、しっかり寝たからか起き抜けよりは顔色が良い。
定刻通りに新幹線は新大阪駅に着いた。
JR京都線に乗り換え歩くこと数分、一度しか行ったことはないが、迷うことなく阪急梅田のパウダールームに到着した。
受付で料金を払って中に入り、ファンデーションを塗り広げていると、ジャケットのポケットがブルブルと震えた。
汚れていない左手でスマホを取り出すと、LINEの通話画面が出た。
なんと、吉田からである。
連絡先を交換した時以来LINEは来ていなかったのに、いきなりの電話だ。
何の用か訝しみながら、悠莉は通話ボタンを押した。
「おはようございます、吉田です。青木さん、もうマツザカホールディングスに到着されましたか!?」
緊張を孕んだ吉田の声に、何かあったのだと察した悠莉は背筋を伸ばした。
「おはようございます。マツザカホールディングスには11時に伺う予定です」
「単刀直入に言います。青木さん、今日の資料、最後のカラーページのところ欠けてるんじゃないですか?今朝コピー室に入ったら、まとまって8部置きっぱなしでしたよ!」
「嘘だろ!?」
先輩である吉田に対してあるまじき言葉遣いだが、それを気にする余裕などない。
ウェットティッシュで乱暴に右手を拭うと、悠莉はサブバッグに入れてあるプレゼン資料用ファイルを引っ張り出した。
人数分8部用意してあるが、最後のページを確認すると……あるはずのカラーページが無い。
とんでもない凡ミスである。
入社以来最大のピンチに血の気が引き、悠莉は掠れた声で呟いた。
「そっちに忘れた……」
商談まであと1時間43分。
資料を作成し保存してあるUSBメモリーは、常にペンケースに入れて持ち歩いている。
今からコピーに行けば、ギリギリ間に合う。
「青木さん、今どこ?」
「阪急梅田駅のパウダールームです」
「資料の用意は出来そう?」
「USB持ち歩いているので、どこかでコピーすれば大丈夫です」
「近くにキンコーズ梅田店がある。そこならホチキスも貸してもらえるよ」
「わかりました……吉田さん、ご連絡ありがとうございました。命拾いしました」